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2025年11月10日 (月)

本澤二郎の「日本の風景」(5700)

本澤二郎の「日本の風景」(5700)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>20
社会の様子を外見だけで判断していいものか。そんなことはないだろう。実際の人間の心は複雑で、第三者には理解できないし、見当もつかない。電車内の様子にしても、日中のそれと通勤時のそれは違う。ただし、いえることは人々の様子が乱れている、不安と不満でため息をついている?それは感じなかった。
ほぼ安定している北京だった!
ためにする日本右翼メディアの中国崩壊論とは異なる。1980年代の中国から今までずっと二本足で見てきた中国の変化を、誤認することはない。なんとか生活を維持している人たちの立ち居振る舞いから、異変を感じることはない。残念ながら貧者の様子はわからない。それは日本でもいえることだ。
家族がみな元気な家庭とそうでない家庭は、それらの精神の内面を知ることは不可能だからである。
日本の首相のように整形と厚化粧に汗をかく女性を区別できない凡人は、それでも白粉(おしろい)の濃い女性の存在はわかった。また、たまに日本の暴走族のような若者のバイクが大音響をまき散らして走っている様子は、意外だった。ただし、1台だけで集団ではなかった。治安の良さは文句はなかった。
老人をいたわる若者の存在は、この国の将来に希望を持たせてくれた。
経済の崩壊はともかく、政権の崩壊を数年前から流していた日本のネット情報は、一般の中国人は全く感じていない。治安の良さも裏付けている。日本のそれは嘘・フェイクニュースで埋まっている。日本のそれは、清和会政治・国家神道かぶれの極右政治と深く連動している。その結果、中国嫌いが若者の間でも増加し、それが偏狭なナショナリズムの温床となっている。
国家神道かぶれ・とことん創造された明治史に翻弄される右翼人士の、歴史を直視しない「今だけカネだけ自分だけ」のA級戦犯系譜に依存する清和会人脈自民党による、大軍拡への積極財政推進が、後世にツケを回し、結果、日本破綻へと突っ込む今政治に危機感を覚える。
戦争を拒絶する非戦の日本へと舵を切らないと、歴史の繰り返しの可能性に恐怖を覚えるものである。
 
<回族理髪店の繁栄を喜ぶ=若者は現代社会に溶け込む>
順義区の回族の新鮮な牛肉に惹かれて大分たつ。というのも、北京首都国際航空の拡張工事で当局から移転を求められたイスラム系の住民地区という事情もある。そのほか、ここの商店で売られる野菜は新鮮だった。目の前で作られる胡麻油も人気だった。添加物など入る余地などない。
今回はそこで羊肉の串刺しを食べようと思い立って出かけたのだが、以前は歩いた。今回はバス。1元(20円)区間である。前にも触れたが、本物の串刺しはなかった。煙害と認定されて禁止になったのだ。当局の大気汚染にかける意気込みを感じる。
代わりに胡麻饅頭(シャオピン)を買った。これはすごい饅頭である。シルクロードから伝わった食べ物であろうが、これまた健康食品で保存もきく。1個食べるとコメご飯は半分になる。
かれこれ10年ぶりだろうか。理髪店が今も。しかも成功しているらしく、店も立派に改装されていた。なんとなくうれしくなった。中年の男性は白服に白い帽子をかぶっている。白服は朝鮮半島を経由して天皇族の神主にも伝わっている。神嘗祭の服装である。もとはイスラム教徒の服装だったのかもしれない。
シャオピンをつくる若者は、回族のイメージは全くなかった。中国人そのものである。民族の融合を見て取れる。回族住宅の前の駐車場は、大型の電動車ばかりだった。貧困のイメージは皆無だった。
<中国民航社員はエリート、食堂や訓練に出かけるのも団体行動>
回族地区の隣が中国民航の広大な施設。飛行訓練の場所もある。
教育施設も、彼らの住居も食堂もそろっている。中国のエリートたちの職場なのだ。何事も集団で行動するらしい。広大な公園を数十人規模で整列して移動する。
それぞれチームで移動する様子を見た。長身でハンサムな若者ばかりだ。女性のあこがれの男性である。大学を卒業しても職場がない若者ばかりだというのに、ここは別格である。恵まれた若者の職場であることが一目瞭然である。
したがって規律ある行動が訓練生に求められているのだろう。ここは10年前は農地だった。一帯が農民が穀物を生産する職場だった。今は違った。中国の近代化で農地が消えていく!それを太くなったポプラ並木が目撃していた。これからも。
腐敗官僚が出なければ、安くて安全な航空機として成功するに違いない。日航の二の舞は回避するはずだ。
<香河肉餅はおいしかった=値段18元=スープは無料>
蘭州牛肉麺はおいしい。牛肉つゆがおいしいからだ。近くの店に出かけたのだが、以前、市内中心部で食べた味には追いつかなった。事情通に言わせると、家族経営のせいだ、と断じた。その点で、チェーン店の方がいいと指摘した。「チェーン店だと肉の味付けにしても専門家がチェックする。食材の大量購入もメリット」という。さすがにプロの指摘はするどい。「どこの店がいいのか」は旅行者には判断できない。
「香河肉餅がいい」というので飛び込んだ。これは大成功だった。肉の加工もこの店でしているという点も
申し分なかった。完成した加工肉はいい加減だという。
店は質素で狭かったが、客の入りはよかった。値段も18元と手ごろ。女性客も多かった。わかめのスープは無料で、何倍も飲んでしまった。
幼い息子を連れた30代の男性客が近くに座った。すると子供の様子が元気すぎる。わがままし放題に親はハイハイと付き合っている。一人っ子政策は解除されたが、現実には一人っ子の家庭が少なくない。子供は宝物だから、親はわがままにさせて育てる。一方でエリート、他方でダメっ子の中国の教育が気になった。
日本も教育を間違ってしまい、歴史を知らない、憲法さえも知らない若者が増えてしまった。積極財政の落とし穴さえも知らない大人だらけだ。
2025年11月10日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

2025年11月 7日 (金)

本澤二郎の「日本の風景」(5697)

本澤二郎の「日本の風景」(5697)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>17
日本では、極右メディアによる「中国崩壊」という露骨な中国たたきの記事がいたるところで見られた。日本列島が太平洋に沈むという話は、巨大地震大国ゆえになんとなくわかるが、広大な大陸が水中に沈むことは想定できない。とはいえ在日中国人の一部に問題の人物はいる。
北海道の一角を買い占める中国富裕層の資金の暴走の背景には、カネに目のない日本人と地元首長や議員族も絡んでいる。中国人単独では不可能である。

 

今回の旅でも、確かに中国の旅行社のガラス窓の宣伝に、北海道行きの宣伝が目に飛び込んできた。北海道人気は日本にもあるが、日本人でも小銭がないと無理だ。中国人の1割が金持ちだとすると、もうそれで日本の人口を軽く上回っている。円をべらぼうに安くしたアベノミクスと、それを強行する日本銀行の黒田と植田の円刷り魔は、いまの高市の下で盛り返し、円安がさらに進行している。

 

株高で財閥はうるおい、民衆の暮らしはがた落ち。高市に物価対策は無理だ。一刻も早く卒業させないと、日本国民は破綻する。例外は大軍拡の財閥軍需産業である。
首相も官房長官も財務相も軍拡による成長戦略に熱中している内閣だ。元来た道へと突き進んでいて危険極まりない。立民の小西洋之ではないが、外相・財務相・自民幹事長も経験していない100%官僚任せの無能なハンドルさばきに、恐怖の日々を送るしかない日本人は、不幸な民族ではないだろうか。

 

<建設の槌音に驚く=資金は大丈夫か>
地下鉄15号線に沿って、新たに高速道路の大掛かりな建設工事が、北京市内の中心部に向かっていた!最初は信じられなかった。不動産バブル崩壊で資金が枯渇しているのだから。工事は午前8時前から始まっていた。農民工の汗かきなくしてこの国は存在しないのだ。日本のように小さな工事現場にも外国人が活躍しているが、農民工の中国はそれはない。

 

建設工事現場には、現在も日本製の重機が使用されているかもしれないが、おそらく今は自国製の建設機械が縦横に活躍しているだろう。中国の高速道路網は世界一だ。広大な地域を道路と鉄道と飛行機で結んだ大中国の威力は、他国を圧倒していることは間違いない。
日本に窓を開いた後の中国50年史を肌で見聞してきた日本人ジャーナリストは、ただただその実績にあきれるばかりである。その勢いの一部が日本と世界に拡大している。80万人の在日中国人の中には、建設関係の人たちがかなりいるとみられる。
 
<望京(わんじん)に添加物のないキムチは?>
日本に中国から伝わった沢庵は大分廃れてしまっているが、朝鮮のキムチは元気がいい。ただし、添加物はどうか?添加物のないキムチというと、15号線の望京地区を思い出す。朝鮮系の人々がたくさんいる。以前買い物をした記憶がある。
確か味噌や醤油もあった。キムチ・味噌・醬油は、朝鮮が本場かもしれない。中国製の醤油は、これまた悪くない。日本製のよりも塩分を少なくしたもので、野菜などのタレにもぴったりだ。
化学物質の添加物が欧米から流入して、日本も中国も汚染されて世界中で問題になっている。農薬農業と添加物食品が、現代人の健康を害して久しい。

 

今回は望京に行く機会がなかったが「添加物のないキムチ」を食べてみたい。東北地方には朝鮮人が多い。北京でいち早く財を成した人たちが、望京地区に集まっている。勤勉で教育熱心な朝鮮人は清潔さでも漢族を上回る。朝鮮軍司令官の宇都宮太郎大将が、長男の徳馬に対して「大きくなったら朝鮮の女性を嫁にしなさい」は的を射たものである。
帰国してキムチを買って食べ始めたが、添加物がどうにも気になる。政界には朝鮮から帰化した者たちがたくさんいる。添加物のない本物のキムチを日本人に販売してはどうか。

 

畑の中の街も整地されたが再開発は頓挫>
農村で貧しく育って今も、のわが人生にとって中国の農村の街は、好きな場所である。料理のわからない筆者は、面倒とばかり鍋にご飯から野菜など入れて雑炊にして食べる。
同じく畑の中の街(部落)の雑踏のような北京郊外の散策を好んだ。散髪は言うまでもなく、雑貨類が安い。見学しているだけで楽しい場所だ。小さな池やどぶ川もある。衛生面はいいとは言えないが、そこから若者は都心に出かけている。いわば昔からの中国の街並みが体験できる地区が近くにもあった。

 

飛行機騒音なども街中の騒音が吹き飛ばしてくれる。この街が完全に消えていた。建物が壊され整地されていた。新たな新都市になろうとしていたのだが、不動産バブル崩壊で頓挫してしまった。
ここに親日家のチョウさんが住んでいた。若いころは建築業に専念し、都心の長府宮ビル建設に携わり、そこですっかり日本びいきになった。
彼は中国人でも飲めない年代物の白酒・茅台酒を、惜しげもなくご馳走してくれた。
この酒を田中角栄は、1972年9月の日中共同声明に署名した後、周恩来総理と何度も乾杯した、北京から上海に送迎してくれた周恩来が横にいる席で、豪快な居眠りを始めた。後ろの大平外相は、外交的失態にハラハラしながら、小さな目を大きく開いて、角栄の背中を叩くわけにもいかず大変だったと、のちにわれら宏池会の担当記者に明かした。角栄の豪傑いびきは娘の真紀子も知っている。
この時から茅台酒の輸入が始まり、値段も吊り上がった。多くの人たちはニセの茅台酒を飲むことになるが、チョウさんのお陰で本物を飲むことが出来た。
 
<遺産相続争いがいたるところで>
今回も日本酒で乾杯しようとしたが、実現できなかった。彼はかなり広い土地を所有していたお陰で、国が用意したマンションの部屋をいくつも手に入れた。その一つに娘と孫の3人で同居、長男は独立して東北の日本留学経験の女性と再婚した。
父親のお陰で長男は数か所のマンションの部屋を相続し、優雅な日々を送っている。それでも遺産相続では家族の絆が壊れそうになったらしい。
いま中国では、世代交代が繰り広げられているが、そこでは家族関係が複雑に絡んで、亀裂で苦しむ2世が増えている。
 
<国門1号店の広大な国際的家具売り場に人がいない>
中国人の審美観・芸術的センスは、日本人のような貧者と異なる。彼らは内装にこだわり、カネをかける。そこに世界の家具のメーカーが目をつけた。順義区も国門1号店の広大な場所を提供したらしい。展示と販売を兼ねた超高級な内装品店は、一見に値するが、庶民には高くて手が出ない。

 

6年ぶりに見物してみたが、不動産バブル崩壊で客足は全くなかった。それでも閉鎖しない。腐敗した官僚のカネに目をつけているとしか思えなかった。
2025年11月7日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

2025年11月 3日 (月)

本澤二郎の「日本の風景」(5693)

本澤二郎の「日本の風景」(5693)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>
11月1日の夕刻、陣場台の核汚染ごみ排除に取り組む前選管委員長の御園豊から緊急電話が入った。何事か?陣場台すぐ近くの水銀垂れ流しの日高金属の工場が、またしても大量の排水を垂れ流し、白い泡が清流・松川に流れ込んでいるという。「通報を受けた市の担当者が工場を立ち入るというので、我々も飛び込んで怒りの抗議と調査を要請したところ、市は我々は日高本社の了解を得た上での立ち入り。住民は無理」とまたしても袖ヶ浦市のいやがらせ。
「工場には二人の中国人。中に入れろと申し込む中国語を教えてほしい」となんとも優しい対応?押しかければいいだけの話だが、正直なところ、筆者は中国語を知らない。勉強しようと思ったこともない。日本語を話す相手がそばにいるので、ほとんど不都合はなかった。ゆえに一人では行動できないし、しようとも思わなかった。情けない中国通なので中国語の教師になる資格はないが、武漢大学の名誉教授を4年間歴任した。黒板の前に立つ姿がインターネットに出ている。

 

要望に応えられなかったが、日本駐在の中国人は生きるために日本語を多少は学んでいる。日本で働く理由は、生活費を稼ぐためだ。筆談でも意思の疎通はできるのだが。それにしても水銀を垂れ流す中国企業に対して、地元の自治体が毅然とした対応を、これまでもこれからもしないのか。日本側にも問題がある。

 

<北京の女性ファッション>
老いも若きも携帯電話を片手に持ちながら暮らす生活は、必ずしも健康的とは思えない。交通事故は運転手と歩行者双方に起きるだろう。
マンションを駆けずり回る大卒の若者の大半は男性が目立つ。時間が勝負だから大変な仕事だ。垂直に立って膝で速度調整する電動二輪車も併用している。路上を走る無人貨物車にも目を見張る。そのうちロボット社会になると、人間はまともに健康に生きられるのか。大いに考えさせられる北京である。以前と比べると、路上は清潔になっている。大型犬も消えて糞も消えた。
とにもかくにも空港周辺の近代都市化には、間違いなく100点に近い。
人々の生活スタイルにも変化が起きている。

 

東京も変わっているだろうが、巨大地震でいつか崩壊する。武力を放棄したコスタリカのように、田舎でトタン屋根の住宅が安全に違いない。加えて耕作しない無農薬有機米や無農薬野菜が主力になる時代も到来するだろう。
いまどき財布が借用書だらけで空なのに、円札を刷りまくって円の価値を下げて下げて、大軍拡・物価高騰ハイパーインフレ志向の極右政治を、日本人はいつまで続けるというのだろうか。
円札刷りまくりによる株価高騰で誰が恩恵を受けるのか、今だけカネだけ自分だけの不健全な社会で、年金制度を崩壊させる結果、革命社会化による亡国日本を、神道日本会議や高市や植田のバカは理解していない。

 

<髪長くだぶだぶズボンが北京女性の新スタイル>
人々は余裕がなくなると、男は顎鬚を生やし、女性は髪を長く伸ばす。北京の男性は頭をつるつるさせるのも流行なのか。頭髪は短いさっぱり型だ。
西部劇を見ると、時にはアゴひげを剃る際、いつでも銃を発砲できるようにしながら、という場面も出てくる。剃刀と拳銃の対決だ。

 

男性の長髪は似合わないが、女性のそれは悪くない。しかし、洗髪が大変ではないのか。
10月は短い秋の季節。女性の中には短パンにお尻をくねらせる姿も見かけたが、多くはズボンをはいているものの、だぶだぶズボンが目立っていた。

 

後ろから見ると男性のような服装をした老女を見つけた。老人施設見学の時だったが、彼女も日本人男性について「家庭生活を顧みない日本人」という見解の持ち主だった。それは男尊女卑の日本神道の価値観を裏付けていた。女性の地位向上は、神道価値観を主権者に強要してはならない。

 

たまたまラジオで耳にしたものだが、神道相撲の勝者には土俵上で、天皇に代わって首相自ら賜杯を渡す場面がある。土俵上は女人禁制という男尊女卑の厳然たる差別で、高市にその資格がない。数日前、初めて伊勢の神嘗祭の様子を見て納得した。白装束に烏帽子と履物がそっくり朝鮮王朝のものであることを確認することができた。
敗戦時、三重県警の責任者となった当時内務官僚の渡辺一太郎が、神宮内部を探索した結論、それはすなわち「天皇は朝鮮人」との結論を、正しく裏付けるものだった。京大名誉教授だった井上清の「原始の占い・お祓い宗教」そのものだった。
信教は自由、しかし、私人に限定されるものでなければならない。神社本庁の国家神道化は、断じて許容されない。戦後80年いまだに侵略戦争による300万人の死に対して、反省も謝罪もしていない神道カルト。宗教界の腐敗も度し難いが、それを指摘しない政府と議会と司法も狂ったままである。

<皇室の責任>
皇室は日本国憲法を尊重し、擁護する義務を負っている。国民が主権者である。高市は憲法破壊者で超有名人。
いまこそ平和憲法を定着させる時である。その時が日本外交が、世界に美しい花を咲かせることが出来るのである!日本国民の覚醒が不可欠である。憲法を読めは日本は再生できる。夢と希望の文字も。世直しの時でもある。
2025年11月3日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

2025年10月28日 (火)

本澤二郎の「日本の風景」(5688)

本澤二郎の「日本の風景」(5688)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>8
日本の新聞テレビは、中国が不動産バブル崩壊で若者の就職はなくなり、何もかもが「崩壊」「崩壊」という文字が、数年前から現在も続いている。中国を批判することが日本言論の使命と言わぬばかりの、意図的な不公正な対応である。
1960年ごろの岸内閣に逆戻りした日本を、意図的に「宣伝」しているかのようだ。一種の排外主義である。困ったことに日本人は、まるで政治の世界を知らない。それは市民運動に携わっているまじめな人でさえも?憲法さえもよく読んでいない。政教分離の国になって80年経つが、国家神道の恐怖さえ忘れてしまっている。異常な物価高の原因さえも理解していない。
筆者の本業である政治評論さえも存在しない。

 

それをよいことに国家神道かぶれの高市早苗を、まるで英雄のように祭り上げる昨今の世論操作に気付かず、老いも若きも酔いしれている。愚民政策の右翼メディア・ナベツネ言論に操られていることに気付いていない。
およそ1か月、北京の首都国際空港近くで暮らしてみたのだが、肌で感じるような悲劇的な市民生活を目撃することはなかった。日本では、特にYOUTUBEで垂れ流す、露骨すぎる中国攻撃による「権力の崩壊」など感じることはなかった。権力闘争は日本でもアメリカでも繰り広げられている。中南海もそうかもしれないが、一般人はそれを感じ取ることはない。多くはつくられた抗争かもしれない。
中国共産党の致命的な欠陥は、腐敗につきる。海外に逃げ出す腐敗官僚や脱税資産家を退治しなければなるまい。格差は日本も同様である。まともな・正直者が損をする極右政治・政党退治が、この国のガンとして善良な市民の重い責任であろう。

 

<圧倒される宅配サービス社会>
周辺を散策して気づくのは、戸建ての2、3階建ての住宅である。腐敗官僚の一族かもしれない。有名な芸能人や言論人かもしれない。
筆者は過去に知り合いの大学教授の家に一泊したことがある。普通のマンションの2LDKだったと記憶している。中国外交部OBの肖向前さんの最初の四合院住宅に入ったことも。その後にマンションに移った。多分、2LDか3LDだったと思う。実にまじめな同部きっての日本通で、行くといつも近くの庶民的な食堂でビールで乾杯したものだ。
したがって住宅を100戸所有してるとか、女性を100人も囲っているという、信じられない人物にお目にかかったことはない。一度困ったことがある。教え子が日本に留学、先生の家に遊びに行きたいと懇願してきた。「ジャーナリストなら別荘があるはず。そこでいい」という要望に驚いた。断るしかなかった。

 

いま中国のマンションには、電動バイクが無数に走っている。車の荷台の四角い容器の中には、配達するものが、それも普通は食事だ。エレベーターに乗ると、必ず配達する若者と出会う。片手に食事の入った袋、片方の手には携帯。ドアが開くと目的の部屋に走りながら飛び込んで、温かい食事を届けるのだ。
これの配達人が大学を卒業したばかりの若者という。
青白いエリートではない。体力のあるたくましい若者である。この配達電動バイクが、昼も夜も突っ走っている北京なのだ。

 

<完璧なネット社会>
近くの公園で散歩してお腹が空いた。友人が新彊麺の店に案内してくれた。18元の無添加麺が気にいったのだ。麺の上に味付きの肉のコマ切れが、たっぷり乗っている。緑の野菜も。麺が程よく柔らかい。実においしかった。
料理人は一人、二人で店内を切り盛りしている。店は新しく清潔だ。昆布のスープはタダ。
店内の客は6人ほど。しかし、ネット注文が入る。うるさい電話はない。できると即座に容器に入れると、まもなく配達する若者が飛び込んでくる。温かい麺が電動バイクで音もなく客の自宅に届けられる。

 

まるでロボット社会のようなのだ。携帯一つで注文し、それが即座に届く。あっけにとられる。これほど効率の良い社会を知らない。10億人の中国のネット革命である。

 

<注文品が不都合だと即返品OK社会>
日本では携帯やパソコンに誇大広告が目立つ。一度引っかかったことがある。宣伝には「技術のドイツ製」で引っ掛ける暖房器具だった。自宅に届いた商品はイカさま。この返品に一苦労させられた。
消費者庁と連絡を取り、間に入ってもらい、ようやくのことで返品することが出来た。日本では安心して携帯やパソコンで注文すると、ほぼ確実にヤケドする。
パソコンのメールには詐欺的メールが氾濫、これを消すのに一苦労させられる。

 

こうした不安は北京にはないようだ。友人は取り寄せた充電器の力が弱いことに気付いた。すると直ちに返品とメーカーに通告、それを玄関先に置いておけば、それですべてが終わる。これには驚いた。違反すれば大変なことになるらしい。

 

また注文品を届けてきたとき留守をしていた。日本だと持ち帰りだが、中国ではその心配はない。玄関先に置いておけばそれでOK。携帯で常時連絡できる。
中国のデジタル化の速度の速さは、日本では考えられない。6年ぶりの中国の北京の変化には、正直なところ腰を抜かしてしまった。
2025年10月28日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

2025年10月26日 (日)

本澤二郎の「日本の風景」(5686)

 
本澤二郎の「日本の風景」(5686)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>6
ようやく毎日書いているブログの発信が、本ブログで正常化する。デジタルの意味すら理解していない日本人ジャーナリストは、毎朝国民の怒りを文章にまとめて、それを多くの人々に知らせようと努力してきたのだが、今回の久しぶりの北京訪問で挫折し、インターネットに接続ができなくなった。
帰国してやっとのことで、ため込んだ記事を発信して、ようやくのことで追いついた。しかし、中国こそがデジタル先進国である。田舎の老人はどうしているのか?
携帯電話がないと、買い物もできないし、お茶も飲めない。日本では現金不要のカードでの支払いができるが、中国は老いも若きもキャッシュレス携帯とでもいうのだろうか、財布代わりの携帯がないと、日常生活ができない。日本の老人はとうてい無理だ。パソコンもそうだが、万一キーを押し間違えると、大変なことになる。老いた指を小さなキーに間違いなく打ち込むことは簡単ではない。
しかし、それでは中国で暮らすことはできない。その実態を買い物や地下鉄、バス、タクシーの現場で見て、改めて中国のデジタル社会の徹底ぶりを知ることが出来た。筆者には自信がない。
 
<下書きの「グーグルドキュメント」が消える=素人は危険>
記事の下書き用に安全だと思い込んで利用してきたグーグルのドキュメント、これが最近忽然と消されてしまい、怒り心頭だ。日々バックアップしていればいいのかもしれないが、筆者はこの下書き文が半永久的に保存してくれるものと思い込んで利用してきた。それが消えてしまった。
ブログのライブドアから添付しないと、もう書いた文章にお目にかかれない。このライブドアの記事にしても100%安全ではない。一度、東京利権五輪を中止せよと反論を載せると、同じ場所に使用することが出来なくなり、やむなく新たな場所をつくった。二度と使用できなくされ、驚いてしまった。
極右政権は不都合な批判を容認しない。言論の自由さえも封じる。日本国憲法が保障する言論の自由がない日本国なのだ。護憲リベラルの政権でないと、民主主義は成立しない。いまの物書きは委縮している。日本は健全な社会ではない。国民が主権を行使しないためでもある。愚民から抜け出すための教育が大事だ。



<道端でのネギ購入にも「財布携帯」で支払い>
バスに乗る方法は老人はただのカード。筆者はあらかじめバスや地下鉄に利用できるカード、中国人の若者は財布携帯を利用している。回民(フイミン)というと、イスラム圏の人たちが住んでる地域だが、そこに向かってバスに乗った。値段は1元(日本円20円)、数分の距離だ。
彼らが販売する牛肉が新鮮だと知られている。店に向かっている路上で、農家のネギ売りと出くわした。日本と比べると安い。多分本場の山東ネギに違いない。一束買うや、支払いは現金ではなく、財布携帯でないとダメ。事情をしらない筆者は、現金支払いだとばかり考えていたものだから、多少あっけにとられてしまった。
今回の旅で、ジャガイモとねぎの味噌汁が好きになった。帰国してやってみたが、高すぎる日本ネギに比べてみても、北京の方がうまくできた。
やわらかいキャベツは最高である。生でも食べられる。日本のキャベツは固すぎる。野菜も果物も新鮮で安い中国。肉は高くなったと聞いた。それでも中国では肉をよく食べる。味付けにも使用する。

 

 
<日本大使館のパスポート証明は現金支払い>
不親切で日本人スタッフが姿を見せない日本大使館に出かけて、パスポートの証明書を取ったのだが、1枚100元(2000円)とべらぼうに高い。友人はまた使えるかもしれないと考えて4枚(8000円)も。しかも、理由は不明だが、支払いは現金でなければならなかった。

 

中国のデジタル化に抵抗する日本政府なのか?
それにしても筆者のパスポートを日本大使館が証明しないと、偽造と信じられる社会にも困ったものである。しかも、数日かかるため二度も行かねばならなかった。これも意外なことだった。ことほど中国では、偽造社会ということなのかもしれない。すでに怒りのペンで批判したことだが、日本大使館に行ったら日本外務省の職員が応対する、という当たり前の対応が求められている。
2025年10月26日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)









本澤二郎の「日本の風景」(5685)

本澤二郎の「日本の風景」(5685)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>5
昨夜経産省が推進する二酸化炭素を房総半島をパイプで横断させ、太平洋に水没させるという、いうなれば「第二の原発」計画の説明会に参加した。会場は311の核汚染ごみを、水源地の違法産廃場に埋設された袖ヶ浦市の公民館。「またか」と住民は動かない。閑散とした会場は寒いくらいでパッとしなかった。

 

以前、清和会のベテラン秘書が「経産省が立ち上げる計画でうまくいった例はほとんどない」と語っていたが、原発に限らず成功するわけがない。万一のことを考えると、まさに第二の原発計画といえる。

 

筆者が6年ぶりの北京訪問で圧倒されたのは、排ガスと騒音を収束させた電気自動車道路。おそらく世界一の近代都市だ。石油がぶ飲み自動車を廃止した北京のガソリンスタンドは見る影もなかった。
日本は二酸化炭素がでない製鉄所、石油廃止の都市に変身すればいい。そのための科学・化学先進国をめざせばいい。アベノミクスを廃止すれば、物価高騰は止まる。武器弾薬をやめて福祉に切り替えれば、健全な社会を生み出すことが出来る。異様な円安路線で国民生活は破綻している。「安倍の女」には理解できないことが判明した。いまの日本は発展途上国に落ち込んでしまったというのに。統一教会や靖国参拝の国家神道かぶれの政府打倒が、健全な日本人の使命であろう。

 

「井の中の蛙大海を知らず」から抜け出した北京>
戦後80年で変わったのは中国である。太陽光や風力発電は中国が先行している。福祉面でも日本のそれは「死への道」だが、中国では健康な老人の「人生最後の楽園」だった。

 

中国には仏教や道教、儒教など様々だが、それが政治の場面で大きな役割を果たすことはない。日本ではいまだ明治の国家神道、原始の占い政治に取り込まれているが、中国は完全にぬけだした。日本のような神社神道のムラ社会は存在しない。ほぼ抜け出している。少なくとも権力の中枢である中南海にそれはない。いまだにヒロヒトや戦犯・岸信介の帰化人カルト政治などは存在しない。政教分離はなんとしても実現しなければならない。
共産党の問題は人間にまとわりつく腐敗政治である。権力の独占・秘密政治かもしれない。政治改革は待ったなしだ。

 

<「格差なくせ」は日中の大きな解決すべき政治課題>
北京首都国際空港からほど遠くないワンルームマンションが今回の宿。飛行機騒音もガラス窓でほぼ遮断される。300世帯が入居する棟が6棟建つ。およそ2000人が暮らすマンションで、室内でのガス使用は禁じられている。すべて電気で、この電気代が高いのが住民の悩みの種。6棟の真ん中に広い庭園があり、住民はそこで散歩したり、冬は老人はひなたぼっこする。樹木がもう10メートルほどの高さで、夏場は日陰を作ってくれる。そこにカラスの4分の一ほどの尻尾のながい、実に格好のいい鳥が飛び交っている。白黒で格好がいい。筆者は勝手に「幸福どり」と呼んでいる。
足の運動もできる器具も数か所設置し、住民の健康に寄与している。

 

10数年前、医療事故で深刻な健康被害を受けた父親自慢の早稲田OBのハンサム次男を介護するため、品川区の旧伊藤博文別邸跡地に建設された15階建て、300世帯のマンションで暮らした。管理組合の責任者などの経験もあるが、ここ北京のマンションは(国営)企業が全て取り仕切るシステム。作業員はいつも廃品処理や枯れ葉を掃いたり、結構のんびりと働いている。
老人が少なくないが月給は6000元、日本円で6万円という。数年前に木更津市で散歩中知り合った大沢老夫人は、年金5万円で生活していた。亡くなったあと広い宅地と家は改装され、現在は外国人が所有していると聞いた。
わずかな年金暮らしの筆者には、身につまされる思いで眺めていた。他方、邸内の駐車場には大型の高級車がほとんど。充電器があるのに驚いた。ぴかぴかに車を洗浄する若い女性を見た。妻なのか秘書なのか?初めて車のドアの隅々まで布で拭いていた。初めて見る光景だ。
1993年の米国1か月の取材旅行では、高速道路が無料だということにびっくりしたが、もう一つは車を洗浄しない文化にも。以来、自家用車の洗浄をしたことがない。最近はその車をくれないか、と外国人バイヤーに声をかけられた。さすがにショック。わがスズキの小型車のアンテナはやくざ暴力団にへし折られたらしい。ラジオを聞けなくなったが、このスイフト車は木更津のキャデラックと呼んでいる。

 

ものすごい金持ちは女性を秘書にして平然と暮らしている。他方で辛酸をなめる貧者との格差解消は、日中共通の政治課題である。
2025年10月25日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員・やくざ追放国民会議代表)

2025年10月25日 (土)

本澤二郎の「日本の風景」(5682)

本澤二郎の「日本の風景」(5682)

<訪中111回6年ぶりの北京散見>2

1979年の大平訪中団に特派員として同行した時の一番の印象は、北京最大の繁華街の王府井のデパートを、一人で入ったときのことである。目の前に黒山の人だかりができた。たしか大平はここで餃子を食べて、ご満悦だった。筆者にも初めて見る異国人と思ったのか、その瞬間、まるで人気俳優になったことに大変おどろいたものだ。

いま同じような経験をしたくても、夢幻である。46年の間に180度の変化を遂げた中国を、トランプが訪問したらどうだろうか?彼はニューヨークの地下鉄にひとりでは乗れない。大半の外国人も。北京にはホームレスはいない。ほぼ完ぺきな治安対策に驚くだろう。

友人の娘は「いま世界はどこも安全ではない。北京が一番安全」と言い張る。これは皮肉ではない。本気でそう感じているのである。

 

筆者は入国の翌日、近くの派出所に出向いてしばしの北京滞在を伝えた。受付はソフトな女性だ。すると今度は狭いワンルームマンションのいり口に、事前に連絡を受けたのちに、これまた若い女性警官が姿をみせた。万一のことがあれば、友人の携帯で瞬時に彼女の携帯に連絡がはいる。マンション担当の警官が一人いるのである。

中国政府は外国人の身の安全に責任を負ってくれているのだ。むろん、やくざ暴力団に対する警戒は怠っていない。彼らが麻薬密売に取り組んでいることは、昔からわかっている。女性の運び屋にも警戒している。昨今は中国から日本経由で、アメリカに薬物の搬送ルートが発覚している。
 

 

<安全の証拠を見つけた!>

北京にはおおきな国際空港が二つあるが、主力は以前からの北京首都国際航空で、海外の物流の拠点として、その地位は現在も圧倒している。順義区が注目を集め、高級マンション群が林立する理由だ。したがって、当地を走る地下鉄15号線の利用客が急増している。

忘れていたが紹介した公園のうち、二つは航空機騒音の被害を受けている。ここで散歩していると、成田空港や羽田空港の周辺住民の苦悩が分かる。住宅は三重のガラス窓が一般化している。騒音の少ない航空機開発が21世紀の課題にちがいない。

北京の変化のすごい証拠をみつけた。地下鉄駅前である。

 

<地下鉄駅前は安全地帯>

目を見張るような変化は、駅前がほぼ完ぺきに安全地帯になっていた。

以前は自転車やバイクの雑然とした放置、そこに集金人の小屋があっても不整理もいいとこで、新しい地下鉄駅との不釣り合いはいかんともしがたかった。

駅の出口には、タクシー客を呼び止めるお兄さんが声をからしていて、なんとなく物騒な印象をあたえていた。現在は電動バイクが整然と置かれている。管理人もいないのに。警官もいない。まさに完璧ともいえる駅前である。バス・タクシー乗り場は一本の道路に二車線、混雑はゼロ。近くの広大な雑草地は、整頓された有料駐車場に変わっていた。

 

駅前の大通りのバス停は、タンとたばこのポイ捨てのため、路上に目をやると気分が悪くなるほどだった。それが姿を消していた。トランプや米国の州知事に見学させたいと思ったほどだ。46年ぶりの北京の街はすばらしく変わっていた。特に順義区は生まれ変わっていた。

海外では大声をあげてヒンシュクをかう中国人が、ここ北京ではかなり改善されていた。

 

<爆竹・花火騒音も無くなった>

振り返ってみて、花火大会とはあまり縁がなかった。一度木更津港での恒例の花火大会に、両親を案内したことくらいだ。

幼いころ、はるか離れた自宅近くの高台で、西方の小山の峰にぼんやりと浮かび上がる、小さな半円形の光を眺め、しばらくするとドカーンという音を聞くという、他愛のない花火とはいえない花火?に満足するほかなかった。結婚して妻の実家が多摩川沿いという好位置にあったにもかかわらず、多摩川の花火大会を見なかった。

それが10数年前、北京の滞在先の5階の目の前と頭上で、本物の花火が上がったことに驚かされた。

爆竹も日常的だった。開店とか結婚式というと、人々は花火と爆竹で景気をつけることを日常化していた。

花火業者は年中忙しかったし、景気もよかった。街中のいたるところで、花火が売られていた。それが現在は消えた。「騒音」や煙も禁止である。当局の措置はほぼ絶対的なのだ。

今考えても「やりすぎ」と思うことがある。

 

それは食べ物から生活すべてのものがそろっている、規模のおおきな庶民の市場を排除したことだ。青空市場に雨風をよける簡単な低コストの平屋に、人民のための人民による広い市場で、人々の胃袋や衣服など生活のすべてをまかなうことが出来た。これも排除した。資産家・官僚の目線による近代都市化で、貧困層を叩きのめし、農村に追放してしまったという。

日本でもこのような庶民的市場による、貧困層救済市場は検討に値する。あメリカは特に参考にすべきだろう。特に大格差社会の今日では、なおさらのことだ。しかも、人々が「今だけカネだけ自分だけ」にのめり込んでいる中では、全世界で実施したらいい。

2025年10月22日(政治評論家)

本澤二郎の「日本の風景」(5681)

本澤二郎の「日本の風景」(5681)

<訪中111回6年ぶりの北京散見>1

朝陽区外国大使館街から朝日は昇り、ついでコンピューターの大学街、そして今物流NO1の国際空港街の北京市順義区にスポットが当たっている!こう説明すると、玄人筋は納得するだろう。

中国政府の要人・高級官僚・守銭奴ビジネスマンのための住宅が、10年前の広大な農民が汗を流してきた畑が姿を消し、彼らのための高級マンション群が農民工の力で、林立する高級街に変容している。

北京市の華やかな雰囲気は、国門1号ビルに米国のウォルマートが出店したが、現在はSAMSという会員制の店舗に変わった。この店にはいつも大量買いの金持ちの大型車が、おそらく市内全域から押しかけている。ひっきりなしの車列は、南北から一度に2台同時に吸収できるゲートを通過して、広大な地下駐車場に吸い込まれていく。

そこに新たな市営の電動バスも走りはじめた。

 

さっそく廃店の小さな場所に、大量買いによる薄利多売の店に足を運んでみた。客は断然おおかった。木更津市の業務スーパーとは全く違った。中国人は古来から「商の民」と呼ばれた。格差はどこの国でも同じ悩みだが、中国は特にひどい。公正な税金制度で人々を納得させる余地は大きい。腐敗官僚退治には重い罰則が不可決だろう。ついでにいうと、日本の消費税は即刻やめるしかない。

 

<街路樹ポプラ並木と広い道路と電動車に一変>

広大な農地に鉛筆で線を引けば、大都市の全容を描くことができるだろう。それを得意としてきた

御仁は田中角栄。順義区は彼の出番など不要だった。河川は少ない。山もない。

地下鉄15号線が都心の五輪公園から、空港街に向かってまっすぐ走る。これは動かせない。地下鉄駅を基準に線を引くと、そこに新都市誕生である。水田地帯と違って大地は固められている。

地震は少ない。街路樹は畑地の境界線なのか。

 

ポプラ並木が定番か。まっすぐに高く伸びるポプラは、形としても悪くない。美観を備えた樹木にはいる。これを基線にすれば、都市計画段階から完成したようなものだ。その実例を中国民航の広大な敷地のなかの 大きな公園で見かけた。公園内の樹木は数メートルの高さだが、道路との境界のポプラは優に40メートルの高さの巨木だった。南京街路樹のフランス杉・プラタナスは、とうてい追いつくことはできない。

そばを走る2、3車線の1本はバイクなど軽自動車専用で、さらに歩道もついている。ガソリン車は大方姿を消して排ガス・騒音に悩まされることはない。これは1979年からの北京ウオッチャーも感動するほかない。インフラ遅れという評価は当たらない。

歴史の教訓を学ばない高市ら日本人は、北京・盧溝橋・南京へ。できればハルビンに立つべきであろう。

 

<広大な公園散策たのし>

順義区には、世界花博の跡地をそっくり市民に開放している巨大公園がある。ここを覗くと、各省の樹木や庭園を見学することができる。人気は江蘇省の蘇州庭園。見事な東屋の瓦屋根は独特で、中国建造物の粋の結晶といえる。友人は晴れた日に、近くのベンチに寝ころび数時間すごすという。太陽は生き物すべての活力の源である。ロシアなど北方の民が太陽と海洋を求めて南下する理由であろう。

 

中国民航の公園もそこから1キロの距離にあるし、そこからまた1キロ先にも広大な公園がある。ここには10年前に何度か散歩したことがある。槐やしだれ柳、ポプラは幼く、背丈は低かったが、いまは鬱蒼とした森である。今回そこで迷子になり、近くの派出所のお巡りさんに迷惑をかけてしまった。日本の携帯電話は役にたたなかった。

じっとベンチに座って友人が現れるのを待つしかなかった。日比谷公園や袖ヶ浦市の百目木公園の比ではない。そういえば木更津市には公園らしきものがない。悲しいことだが、文化的民度ゆえか。やくざが横行する房総半島の首長には文化的価値観がない。

2025年10月21日記(政治評論家)

 

 【北京共同】中国外務省の郭嘉昆副報道局長は24日の記者会見で、高市早苗首相が所信表明演説で中国の軍事的動向が「深刻な懸念となっている」と述べたことについて「中国は平和と安全保障において、最も優れた実績を持つ大国だ」と反論した。郭氏は「日本が近年、安保政策の大幅な調整を行い、防衛予算を増額している」と指摘。日本に対し「侵略の歴史を深く反省し、安保分野で言動を慎むよう」求めた。

2023年2月19日 (日)

2023年2月南房ドライブ<本澤二郎の「日本の風景」(4719)

2023年2月南房ドライブ<本澤二郎の「日本の風景」(4719)

<お花畑が姿を消していた!コロナ禍4年目も変わらなかった>

 地方はずっと死んだように静まり返っている。コロナ禍3年、さらに落ち込んでしまった。そんな厳しい地方経済の雰囲気を感じさせられた。2023年2月17日金曜日に柴崎豊平・福江夫妻に誘われて、ミニカーでミニドライブとしゃれ込んだ目撃談である。

 南房総の見どころはご存知、露地栽培のお花畑である。そこへと首都圏からバスや自家用車で押しかける市民でにぎわう。新鮮な魚貝類の食事も。しかも、南房の気温は数度も高い。

 路傍の菜の花は満開を過ぎていたが、肝心のお目当てのお花畑を見ることは出来なかった。姿を隠して3年なのか、4年なのか。わびしい南房で歓迎してくれたのは、1個150円のところてん。これはおいしかった。

 

<旧上総国望陀郡茅野村から君津・富津市へ山砂採取の乱開発いまも>

 江戸期には茅が茂る場所から仏陀を仰ぎ見ると命名された茅野村から、一路富津市の金谷海岸へ。しかし、君津市というと、核のゴミを1万トンも埋設した産廃場も近くにあるらしい。美しい房総の山は、既にゴルフ場による乱開発の被害に遭っている。

 君津郡市の水道である小櫃川もゆらゆらと蛇行しながら東京湾に注いでいるが、水質に重大な問題を抱えたままだ。君津市の小糸地区を初めて見た。そこから富津市へと向かうのだが、この間も山砂採取現場がいくつもある。ゴルフ場や山砂採取の乱開発を見ると、心が痛くなる。政治屋の蛮行でもある。

 「故郷の山はありがたきかな」と詩人は詠んでいる。その通りだが、郷土を愛する房総人は、海を埋め立てられ、山を破壊する利権政治に対して気分はひどく悪いものだ。

 相変わらず路上のギャングのようなダンプカーが突っ走っている。接触すると大事故になるだろう。

 

<金谷に大型バスが首都圏から10台近い=観光シーズンに心弾む?>

 東京湾フェリーを初めて目撃した。大型バスが近くの土産店に10台ほど駐車、その都度、首都圏からの格安のバス旅行客が店内に飛び込んでくる。

 観光業界の突き上げに対する政府や観光利権政治屋の努力の成果であろう。悪いことではないが、我々もそこで紅茶を飲みながらおしゃべりに花を咲かせた。先に、見事な昔ながらの味噌造りを見せてくれた夫妻の成果は、発酵食品の偉大な健康法にあると湾を見ながら持論を披露した。

 東京湾もここからだと瓢箪のくびれの部分に相当する。陽気もいい。湾もないでいる。気持ちがいい。老いた二組の夫妻がこのような機会をつくれた幸運には感謝するばかりである。

 

<対岸には米軍アジア最大の海軍基地・横須賀が見える!>

 しかしながら対岸の横須賀に目をやると、米軍の横須賀基地の存在に違和感を抱く。1993年3月に1か月の米国の旅の最中、元米海軍将校に「手放したくない日本の米軍基地はどこか」と尋ねた時のことを思い出した。

 彼は即座に「海軍は横須賀」と明言した。そう、横須賀は彼らの手放したくない重要な海軍基地なのだ。原子力空母が停泊、修理もする海外の米軍基地の中でも有数の基地である。

 911にかこつけたブッシュ大統領のイラク戦争は、核保有という嘘の情報を喧伝して強行したものであることが判明したが、そのブッシュの前でプレスリーの真似事を恥ずかしげもなく演じた小泉純一郎の地元である。彼の途方もないスキャンダルを知るものには、反吐が出るしかないのだが、特に戦争神社・靖国神社参拝は憲法に違反する。彼もまたカルト教団に操られていたことが新たに判明している。

 米海軍横須賀基地に併設されている海上自衛隊基地を見学した際に知ったことだが、その周辺には魚がいっぱいいる。理由は放射能汚染のため、誰も釣り糸を垂れないため、魚たちは汚染覚悟でそこを「安住の海」にしている。

 そしていま「台湾有事(戦争)」を口実にした戦争準備43兆円問題で、相手国から真っ先にミサイルが落とされる場所となってしまった。万一核を積んでいれば、房総半島も放射能まみれとなる。日米安保が日本を危機に陥れることになるのである。

 

<崖観音と神社に詣でる哀れな観光客の前途=1千万円借金の国民>

 この世に神仏など存在しない。人間が想像したものだが、人は判っていても手を合わせるようだ。館山市を見下ろせる場所に観光バスが停まっているではないか。そこは崖観音という仏教施設らしい。らしいというのは、ライバルの戦争神社もそばに建っているからだ。

 金曜日というのに観光する優雅な若者などは急坂もいとわず上り、不思議なことに手を合わせる?合理主義者にとって菩薩(仏教)と神社双方に手を合わせ、賽銭箱に小銭を投げ込んでいる風景は不可解だ。

 日本人として生まれた途端、1000万円の借金を背負わされている。毎年平然と借金しながら大型予算を編成するという悪政にも耐えて、ひたすら自公を支持する国民は2割から3割いる。これも不可思議なことだ。

 この3年塹壕にもぐっていた人間にいい機会をくれた柴崎夫妻に感謝したい。ところてんは30年か40年ぶりか。おいしかった!

2023年2月19日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

2020年2月19日 (水)

日航暴政社長に問う<本澤二郎の「日本の風景」(3599)

 

日航の暴政社長に問う<本澤二郎の「日本の風景」(3599)

<武漢便タダ、北京便は片道暴利値段二人13万円超でいいのか>

 安倍犯罪に対する検事総長への刑事告発受理に対して、世論の熱い視線が注がれている。筆者は昨218日、やくざ強姦殺人の「木更津レイプ殺人事件」を、これまでの口頭告発から、姿をくらました遺族に代わって告発状提出に踏み切った。

 

 癪に触ってならないのは、日本航空である。武漢からの無料便をよそに、法外な片道航空券を押し付けられたことである。昨年6月往復二人分8万余円

で北京入り、今回の緊急避難帰国のため日程変更したのだが、すると追加料金どころか片道二人分13万円超を支払わされた。

 日航社長の暴政に強く抗議したい。相手の弱みに付け込んでの高額値段を、そのまま放置するのか。弱者・貧者いじめに怒りを覚える。事務方は開き直る意思を伝えてきている。

 

<貧者への思いやり皆無の親方日の丸・稲盛方式か>

 親方日の丸で、バブルに浮かれて破綻した日本航空は、日産を再建したカルロス・ゴーン並みに、京セラの稲盛による大胆な首切り断行で、運よく浮上したものである。

 

 それまでは、金持ちしか利用できない日航を、貧者も外国人も利用することで、いまでは先行する全日空に肩を並べようとしているのだが。

 その裏では、安倍暴政ならぬ日航暴政が行われていたのだ。北京便がその典型だったことを、120日に知った。帰国は128日である。

 当方は、6年ほど前から毎年、日航を少し高くても利用してきた。それまではもっぱら米機と中国機、ときにはイラン機にして、経費を節約してきた。

 

 ようやく日本の飛行機を利用できることに安堵したのだが、どっこい、肝心の日程変更の場面で、暴利航空券を押し付けられようとは思いもよらなかった。油断したほうが悪かったのか?そんなことはないだろう。だれも新型コロナウイルス事件を想定も予想もできなかったのだから。

 いえることは、暴利値段は京セラの稲盛方式に違いない。日程変更の時点で、往復航空券をキャンセル、二重の航空券を押し付けるのだ。

 

 日程変更は初めてのことだが、実はよくあるケースなのだ。日航はそうして二倍以上の値段を利用客に押し付けて、左うちわを決め込んでいる。

 

 案の定、安倍暴政はこの病気の対応に悪戦苦闘している。世界から非難が寄せられているが、NHKが必死で蓋をして国民に知らせようとしていない。

 

<全日空ホテルは正義を貫いて安倍暴政の出鱈目嘘を暴く>

 飛行機ではないが、全日空のホテルが正義を貫いた。桜を見る会の前夜祭の、政治資金規正法と公職選挙法違反事件に決着をつけてくれた。

 

 自民党関係者であれば、ホテルの約束事を知っているが、野党議員は知らなかった。それが安倍の出鱈目答弁を温存させてきたものだが、全日空ホテルは、事実を吐露して安倍を窮地に追い込んだ。

 

 国民は、出鱈目なホテルニューオータニの利用をやめる、市民運動を本格的に展開するといい。ここには物騒な占い師も潜んでいるという。ストロング・ナショナリストの出店のようなホテルに、善良な国民は接近しない方がいい。

 

 昔は、田中派がよく使用していたホテルだったのだが。

 

<国会審議を止めて超軍拡予算の大削減が天の声>

 稲田信夫検事総長の正義は、どうやら本物らしい。安倍は、財政法違反・公職選挙法違反・政治資金規正法違反などで刑事告発されている。

 刑事訴訟法の規定により、告発を受理する義務が検事総長にある。ついで家宅捜索へと進行する。

 

 黒川の定年延長問題も特別法である検察庁法に違反している。同法は、日本国憲法と同時に施行されていることが判明した。森雅子の大失態が露呈したことになる。彼女は首である。

 検察は一般の行政機関ではない。内閣の手先ではない。行政と司法の間の自立した独立機関である。政治的中立を求められている。そもそも黒川の定年延長の理由など存在しない。

 

 野党は自公維と全面対決、徹底抗戦でもって、超軍拡予算を大修正すべき責任があろう。20年デフレ下の10%消費税なる大増税と疫病問題で、日本経済はひっくり返っている。年金と日銀による、株買い占めによる破綻も見えてきた。安倍暴政も日航暴政も許されない。

 貧者をいたぶる暴政、弱者が損をする社会は返上するほかない。

2020219日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

 

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