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2024年6月22日 (土)

本澤二郎の「日本の風景」(5202)

本澤二郎の「日本の風景」(5202) 

<快挙!中国友人のための小旅行(3泊4日)運転手>

パソコンのお陰であろう、目に悪影響を及ぼすため、夜の運転を止めた。昼寝を心掛けたり、慎重なゆっくり運転を徹底している。追い越し運転などしない。そこに中国の学者夫妻が雨の降る6月18日に3泊4日の小さな旅のために来訪。早稲田大学OBの娘夫妻がつくば市の学園都市で、6000万円で全電化住宅を購入したという。池袋に住んでいる娘婿の両親(大学教授)と孫の様子を兼ねての1か月旅行の途中、我が家の居間でごろ寝してくれた。その間、ハンドルを握った。二人の命を預かる緊張する日々が4日間続いた。

昨日の梅雨入りまで無事に過ごした。ほっとすると同時に、4人家族が2人家族に戻り、急に寂しくなった。二世帯住宅が羨ましい。一人住まいの老人は、英雄ではないか、とさえ思えてくる。永田町や新宿の喧噪を棚上げしての4日間だった。

我が家のスズキの10年ものの小型車も頑張った。客は北京でトヨタのレクサスを運転している。彼は地元の業務スーパーで「これは安い」という言葉も発した。日中逆転を目の前で思い知らされた。

 

<金満生・陳穎子夫妻は房総半島絶賛の日本旅>

我が家でもそうだが、中国人の清潔さはすごい。整理整頓も参考になる。活字以外は、何事もいい加減な人間として生きてきた凡人ジャーナリストも、元「北京週報」の記者だった陳さんのこまやかすぎる生活ぶりに感心した。

祖父は、元大連市の高官で兄弟家族も多かった。彼女は長女として今も北京で95歳の母親の介護をしている。北京外国語大学名誉教授の金さんの方は、いかにも大人という感じで堂々としている。教え子が日本の外務省などに多い。最近は国貿促の河野洋平会長を支えている泉川君は、彼の教え子の一人で、習近平と河野の通訳もしていると教えてくれた。

 

元「北京週報」東京特派員・支局長の賀雪鴻と陳さんは、同期入社で兄弟よりも仲がいい。そんな関係から木更津市の築50年の埴生の宿に押しかけてきてくれたのである。

いまは中国も日本同様に厳しい経済状況にあるが、金夫妻は恵まれた生活環境にある。入国後に北海道の旅を楽しんできたし、帰国前には河野の地元・小田原城を見学しながら、熱海の温泉につかるのだという。

民家での寝泊りは、訪中回数110回の筆者もほぼ経験がない。特別な印象を与えることになるだろう。かくして50年の、一部では「豚小屋」説もある我が家での4泊は、貴重な体験に違いない。スズキの中古小型車と共に感謝したい。

 

<美しい自然に感動=核汚染ごみ事件は隠蔽>

夏に向けて日本列島は、花から緑の季節に向かう。梅雨入り前後に山々も畑や水田も緑の絨毯に変身する。そんな時期を狙っての、日本事情に明るい中国人学者夫妻の旅だから、束の間の旅人には好都合だったかもしれない。真実を隠してくれる季節でもある。

都知事候補の小池百合子を「緑の狸」と呼んでいることを知ったばかりだが、頷くほかない。

都市化した札幌やつくば市に比べて木更津市や君津・袖ヶ浦市の風景は「きれいだ」「美しい」と夫妻は喜んでくれた。金さんは公害の東京や川崎を経験しているため、緑が余計に身に染みたのだろう。311の核汚染ごみのことや汚染水のことを話す機会はなかったものの、水道水を飲まないことに気付いてくれたらしい。

水道の汚染は、列島に拡大しているが、今は特に房総半島で危険な

状態になっている。

 

<日本一の江澤フルーツランドでブルーベリーほおばる!>

彼らのために元「北京週報」ベテラン特派員は、目によくて無農薬栽培のブルーベリーについて、いち早く気付いていた。「日本一の江澤フルーツランドのブルーベリーの森」をぜひとも案内したいと陳さん夫妻の訪問を考えていた。

一般に水田や畑を利用したブルーベリー栽培が多いが、ブルーベリー発祥の地ともいえる江澤フルーツランドのそれは、両親が残してくれた山林を、そのまま活用した自然の森に、完全無農薬栽培で成功した日本一のブルーベリーの森だ。

幸運なことに開園前だというのに大きなブルーベリーが、既にたわわに実っていた。それをお腹いっぱい食べさせてくれた。誠実な園主の配慮に感動した。園内には新しい「桃の木」が沢山植えられていた。「桃花の宴」が来年にも実施されるだろう。

 

金夫妻を待ちかねていたのは、我が家の菜園も同じだったらしく、10個ほどのブルーベリーが採れ、夫妻に食べてもらった。ミニトマト第一号も3個ほど。キュウリ1本も。それににらの料理も加わった。ジャガイモも採って、それを茹でてバターをつけて朝食にもした。これもおいしかった。北京では無縁の経験である。

 

誰もが分かっていることだが、欧米の農薬栽培を禁止して、無農薬栽培を主流にしないと、人間の寿命は短くなる。「農水省は方針を転換せよ」と強く指摘したい。筆者は人糞肥料の実現を呼び掛けている。化学肥料排除は、人間が健康に生きるために不可欠だ。

 

<旧宅御園豊庭園と炭焼きバーベキューにも感謝!>

核汚染ごみ問題で袖ヶ浦市林地区の御園豊邸となじみができた。その関係で、歴史の古い旧家が現在も建っている。改装して土台もがっしりしていて、風に破壊されることはない。邸内の置物も普通の家庭では見られない、どっしりとした重量感のあるものばかりに圧倒されたばかりなので、御園邸訪問も具体化した。

 

居間の暖炉は、所有林から伐採した材木を燃やすと、居間全体を最高の癒しの場にさせてくれ、ついうとうとさせてくれる。ツツジなどの庭園も素晴らしく、主の手入れもすごい。庭園だけでも価値がある。ここの山ユリも見事で、間もなく百合の季節到来という。

 

裏山へと数メートルも上がると、そこでは最高級のバーベキューが出来る。主が40年、50年前に焼いた炭が今も小屋に保存されている。高価な炭で焼くイノブタやシカの肉は、ここでしか味わうことができない。

中国古典の「深山幽谷」という名句から取ったのであろう「幽谷」の地名が、そのままそっくりと通用する袖ヶ浦市の水源地。いまそこに悪魔が襲い掛かっていたことが発覚し、大問題になっているのだが、束の間の旅人に説明する機会はなかった。

 

<久留里城散策と「君津の森」で食事と入浴>

「雨の城」という君津市の久留里城に向かった。差別が横行する人間社会では、争いばかりに知恵を巡らせてきたおぞましい人間史にうんざりさせられるが、武器弾薬に特化した悲劇の繰り返しが、城見学で教えてくれる。人間を大事にしない世界を、後世に伝えてくれる久留里城の歴史資料には、中国からの漢字文化のすごさも。中国人が目を輝かせる瞬間である。

 

鶯のさえずりを聞きながら、ゆっくりと坂道を歩いて資料館へと向かう。天守閣は工事中という。人間の少ない城の文化を好む中国人は多い。金・陳夫妻は今日は娘婿の車で小田原城見学か。縄文とか弥生といった古代史を人はどうして理解できるのか?よく分からない。偽りだらけの世界が広がっているのだろう。人間の都合で、歴史は変わるし、変えられてきた。

 

「君津の森」は通いなれた場所となった。食事と風呂に入る日帰りコースがいい。一泊すれば酒も飲めるのだが、なぜかいまそんな相手がいない。老いると、制約ばかりが目に付く。悔いのない人生など無縁なのであろう。ついでに君津市にお願いしたい。道路横の溝に蓋をかけないと、ダンプも多く、事故を起こしかねない危険な道路である。砂利採取を禁じる時ではないか。自然の森を完全に自然に返すことが、人間と自然の命の森である。

 

「カネで動く社会から卒業せよ」が房総半島には不可欠の鉄則である。放射能を排除することが、命を守る政治の眼目であろう。

金・陳夫妻の3泊4日の旅は、わが凡人ジャーナリストにも素晴らしい教訓を与えてくれた。感謝したい。来年もどうぞ!

2024年6月22日記(茅野村の仙人・日中友好をライフワークにしてきた日本記者クラブ会員)

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