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2024年6月16日 (日)

本澤二郎の「日本の風景」(5196)

本澤二郎の「日本の風景」(5196)

<安楽死の是非>

スイスのある施設のベッドに横たわったその男性は、40年にわたる生涯を自ら閉じ、旅立とうとしていた。枕元のスマートフォンからは、自身が最期に選んだ曲「ラ・リベルテ(自由を)」が流れている。医師は点滴に致死薬を投入し、その準備を終えた

 

2024年6月16日早朝パソコンを開く。ヤフーニュースにTBSの冒頭の記事が飛び出した。安楽死!311東電フクシマ原発被ばく後の治療ミスで、脳神経をやられて重い頭痛を抱えた友人から「いずれ車いすでスイスに行くことになる。同行頼む」と依頼を受けた。「わかった」と即答したが、その友達は今どうしているのか?「スイスでの安楽死」を考える日本人がいることに驚いたが、被ばくと医療ミスの重大事故を今も思い出すと恐怖で怯んでしまいそうだ。足元の房総半島の水源地・袖ヶ浦市の林・高谷地区の住民もまた、おそらく被ばく住民としてガンの治療で泣いている。もう3人も亡くなっている。

だが、千葉県も袖ヶ浦市も無視して見向きもしない。「やくざ暴力団を恐れている」と住民は怒る。不条理の房総半島に怒りが渦巻いている。命の水と空気が危機的状況にある可能性を否定できない。

 

<哀れ!妻の肺腺癌末期に主治医に安楽死を叫ぶ>

色や臭い形も見えない放射能被ばくは、当事者以外の人間が考えても分からない。ヒロシマやナガサキの被爆体験者でないと実感できない。同じく安楽死のことも、末期がん患者の身内として最期を看取ったものでないと認識できない。

 

フクシマ被ばくジャーナリストの指摘で目を覚ました凡人ジャーナリストは、311当日のことと、新たに4日後の315の首都圏大量被ばくのことを知った。2011年3月15日に東京など首都圏を襲ったフクシマからの大量の放射線が、茨城・埼玉・千葉県をかすめて都心を襲った。午前10時から11時にかけて屋外にいた人たちが被ばくした。

個人差はコロナワクチンと同じだ。2年前に当時住んでいたマンション15階のAさんが肺がんで亡くなった。世田谷区の元信毎役員のSさんも突然息を引き取り、残された夫人を半狂乱にさせた。この10年の間にフクシマ被ばくとワクチン死が、呪われたような日本列島を襲い掛かったことになる。

 

妻は2012年に「咳が止まらない」といって耳鼻咽喉科医院から内科医病院に移った。レントゲンの結果、医師は「咳喘息」と大誤診。その後の治療は効果ゼロ。本人の要請で五反田の大病院で精密検査。結果は「肺腺癌末

期・ステージ3」。これほどの不運な人生も珍しい。有明の有名ながんセンターでは、開発時の医薬の実験台にさせられた。そして末期がん向けの病院に移され、2013年11月23日非業の人生を閉じた。この時、夫はあまりにも苦しそうな、助かるはずもない妻

の治療をしている主治医に対して「安楽死」を叫んだ。

むろん、一撃のもとにはねつけられたが、今でもやむを得ない判断だと夫は思っている。末期の肺がんに対する痛み止めの薬はないのだから。

友の「スイス行き安楽死」を受け入れた理由なのだが、いま本人は無事に過ごしているのであろうか。ありえない医療事故による頭痛は、電話で取材していても耳にビンビン響いてきた。

 

<東芝製3号機の核爆発による被害者はゴマン>

政府も東京電力も311フクシマの東電原発3号機の製造企業である東芝について、今日に至るまでも一行も明らかにしていない。

新聞テレビも「3号機は水素爆発」と事実を隠ぺいしたまま報道している。東芝製という文字も伏せている。

 

日本の隠蔽文化はすごい。およそ民主主義の国とは言えない。右も左も闇だらけだ。「不都合なことは隠せ」という日本の隠蔽文化は、国際的レベルに達しているのだろう。警察の不正腐敗は、千葉県だけではなかった。群馬県警・長崎県警と今は、鹿児島県警も無様な正体をさらけ出している。

袖ヶ浦市の被害者などは、決まって庶民大衆である。袖ヶ浦市の住民だし、房総半島の住民なのである。

 

<お上に見捨てられ非業の死目前の人に安楽死>

安楽死は是か非か。当事者の実になれば、是である。第三者は分からない。判断しようがない。アメリカの各州でも安楽死が認められているという。医師も見守るだけの「非業の死」は、木更津レイプ殺人事件の被害者もそうだった。

誰もが「畳の上で大往生」がいいに決まっている。しかし、こればかりは坊さんも神主も決められない。むろん、カルト宗教信者においてはなおさらだろう!

それでも老いて善行もできない人間は不幸に違いない。覚醒していいことをして人生を全うすべきだろう。すると正義と勇気という欲が自然と出てくる!やくざ暴力団を恐れない人々が、袖ヶ浦市の水源地に次々と現れてきている。

2024年6月16日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員・やくざ暴力団追放国民会議)

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