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2024年4月23日 (火)

本澤二郎の「日本の風景」(5143)

本澤二郎の「日本の風景」(5143)

<「石川県のドブネズミ出てこい」と群馬県知事山本一太>

政治屋は高位の人物ほど往生際が悪い。目下の典型的人物を人は「石川のドブネズミ」と呼んでいるらしい。自民党総裁の岸田文雄でさえ、車いすの老いぼれを国民の前に引き出そうとしない。「森喜朗を擁護している黒幕が怖くて何も言えない」というのが、真相ではないだろうか。政治不信の元凶は森喜朗であることを、多くの国民は信じているのだが。

 

昨日スマホで文春オンラインを見つけた。業を煮やした口八丁の群馬県知事の山本一太が真相を暴いていたので、そのことについては誉めたい。彼は参院時代、清和会の若手のメンバーだった。父親が清和会を結成した福田赳夫の側近議員だったことから、同じ二世議員でも威勢がよかった。

当時福田派は、安倍晋太郎派から三塚博派に代わっていた。そうした中でも「安倍晋三政権をつくりたい」と周囲に漏らしていたことを記憶している。

 

現役政治部記者時代に筆者は「政界遊泳術」という企画記事を書いた。理由は政権政党の自民党議員が多いからだ。派閥政治記者は、右顧左眄して公正な記事を書くことができない。この企画によって派閥関係なく、片っ端から取材することで、自民党議員との接点を広げ、幅広く人脈を創り上げようとした。

新聞社を辞めると、卒業論文「自民党派閥」(ぴいぷる社)を出版してその責任を果たすことができた。この本が原因でアメリカ大使館政治部の責任者から連絡が入って、約1年大使館内の食堂でコーヒーをすすりながら自民党政治を講義・紹介して、反対にワシントンの様子を知る一石二鳥の成果を手にした。人生の転換は一冊の本である。

 

むろん、金銭的なやり取りは一切なかった。ただ、担当者がフィリピン大使館に異動する場面で「アメリカ1か月の取材旅行」(国務省の各国オピニオンリーダー向け)の機会をくれた。当方の好きな場所での取材の機会を用意してくれたことに、ワシントンの度量の広さに今も感謝している。

その成果が「アメリカの大警告」(データハウス)。正直に言うと、読売新聞の改憲論がワシントンのどこで誕生したものか、という点に的を絞った。それは恩師・宇都宮徳馬を裏切って右翼に転向した渡辺恒雄の野望を、ワシントンで取材するものだった。当時はリベラルのクリントン政権下。結果は期待外れというよりも、国務省・国防総省・右翼シンクタンクも、読売の改憲論に腰を抜かすほど驚愕した。当時の改憲軍拡の日本政府に対する警戒さえ見せた。この本に一番関心を見せてくれた人物が、なんと当時の首相・米国通の第一人者・リベラリストの護憲派の宮澤喜一だった。岸田文雄の恩師である。「アメリカの大警告」は、ぜひとも読んでもらいたい本である。

 

話を元に戻すと、山本一太との「政界遊泳術」の取材で、彼は初対面の筆者に向かって「先輩」「先輩」と声をかけてくる。取材される側が取材する側を事前に調べていたのだ。こちらは大学の先輩であることを知って、取材に応じていたのである。

彼は国連職員として勉強もしていた。清和会人脈を活用して社会に飛び出したものだ。一般の家庭とは違った。この時、気になった言葉が飛び出した。「安倍晋三を首相にしたい」と公言した。父親は晋太郎、母親は岸信介の長女の洋子。A級戦犯の孫を担ごうとする後輩にがっかりしてしまった。以来、山本の参院事務所には足を向ける気が無くなった。稲葉修ではないが「戦争責任を風化さる」、そのためだ。

 

むろん、山本の安倍擁立論は、晋三がかなり早い段階から、政権奪取にカネを使っていた証拠である。晋太郎も毎日新聞記者時代から、賭け事で大金をはたいて友人づくりに力を入れていた。彼の財布には、いつも万円札が詰まっていたとの証言を、晋太郎の友人から聞いている。

 

一太は文春記者の取材に対して、裏金事件は「森派の時から」と断言している。誰もが知っている事実を、群馬県知事はすらりと言ってのけている。辛口の先輩として評価したい。彼が当選した当時の三塚派ではやってなかったのだから、森以外は考えられない。この当然の事実を清和会幹部は口にしない。政治不信をまき散らしている清和会幹部を、後輩は言外に卑怯者だと叫んでいる。

裏金事件の犯人は特定している。しかし、岸田を含めて森喜朗と、口が裂けても言えない。

 

<森の背後の笹川ギャブル財団とツネの圧力か>

何が原因なのか。森の背後の闇の黒幕を恐れている。そうとしか思えない。森の黒幕というと、安倍・清和会の黒幕である。

日本会議・神道政治連盟のレベルではない。もっともっと怖い集団か人物となろう。

 

政治評論家や政治記者20年を加えると、永田町取材は50年以上になる「茅野村の仙人」で、かつ凡人ジャーナリストの目線で判断すると、犯人は笹川ギャンブル財団と読売のツネであろう。森同様に車いすのツネの頭脳も衰えているはずだが、最近、岸田が読売新聞社を訪問したとの報道もあった。「もう終わった」と認識しているOBの報告もある。いずれにしろ、時間には勝てない。

ただし、311にも関わらず、恐ろしいばかりの原発推進の紙面は変わっていない。岸田の改憲野望も消えていない。朝日新聞の右傾化も依然として気にはなる。NHKも。日本の言論界は、ツネの流れに傾斜していることは間違いない。

 

問題は野党の覚悟の踏ん張りだ。維新による野党分断と連合のいかがわしい対応に変化は見られない。アメリカ人・リベラリストの「アメリカには秘密がない」と胸を張ったことに、秘密だらけの日本に民主主義は存在していない。ともあれ山本一太の一石がドブネズミを引きずりだして、国会で証人喚問させることができるか。日本政治はこれからも、正念場に立たされ続けるのであろうか。国民の覚醒の行方とともに、気を抜くことができない。

2024年4月23日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

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