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2024年3月 2日 (土)

本澤二郎の「日本の風景」(5092)

本澤二郎の「日本の風景」(5092)

<やくざ暴力団追放宣言の千葉県勝浦市を初めて散策>

地元木更津市の富来田公民館活動に初めて参加してみた。若いころは、地元の大先輩の野村泰さんが、反ハマコー市長を誕生させる活動に協力したこともあったが、宇都宮徳馬さんや田中・大平連合の日中友好活動をライフワークにした関係で、地元との関りが全く無くなってしまった。以来、地元行政とは無縁。だが、偶然に公民館主催の「勝浦市散策」の回覧板を見て、参加の申し込みをした。3月1日の午前9時に集合、バスに乗って童子に帰ったような遠足気分で、楽しい1日を過ごすことができた。初めて行政の恩恵を受けたことになる。感謝したい。

 

実をいうと、勝浦市には10年ほど前から特別な関心があった。それは同市は、やくざ暴力団追放宣言の、おそらく千葉県で唯一の市だったからだ。

やくざ暴力団が跋扈する千葉県では、画期的なことだったことがわかる。2014年の「木更津レイプ殺人事件」をきっかけにして、やくざ捜査をしない千葉県警・木更津署の、信じがたい不当な体質から、ついで最近の袖ヶ浦市や君津市の核汚染ごみ事件の背景に、反社会的な勢力の黒い土壌を見て取ることができたせいだ。

 

やくざ暴力団やその系列の市会議員に対して、清き一票を投じる市民の存在に、改めて驚愕するような危機的事態を何とか改善しなければ、日本の民主主義その根幹が否定される。

警察と検察と公安委員会の改革が不可欠といえる。安倍・菅事件で発覚したTBS山口強姦魔を免責させた中村格を、警察庁長官に昇格させるという官邸と日本警察の腐敗を退治しないと、この国の主権者は安心して暮らせない。

 

そうした思いを市政に反映させた勝浦市に敬意を表しながら、バスと徒歩でじっくりとかみしめることができたように思う。同市のすばらしさは、勝浦湾の突端にある八幡岬公園が象徴している。勝浦湾や石ケ浦に打ち寄せる純白そのものの波しぶき周辺の紺碧の海は、フクシマのトリチウム核汚染水を弾き飛ばしてくれている印象さえ受ける。反対に紺碧と純白の海を今後50年、あるいは100年も放射能処理汚染水をまき散らす日本政治を、断じて許せない。

 

ここは元環境庁長官を歴任した森美秀さんの地元だ。昭和電工発祥の地でもあろう。その昔、中国革命の孫文と親しかった政友会副総裁の小川平吉の次男・元文相の平二さんは、幼少期にこの森家で静養したと語っていた。三木武夫元首相夫人の睦子さんは、美秀さんの姉。晩年を日朝国交回復に賭けた。確か森家の庭が海岸ということも聞いている。

 

<君津安房郡市に存在しない民度の高さ>

おそらく森一族の面子のせいだったのか。美秀さんの長男・英介元法相の意向だったのか。全国的に有名な亀田病院と森家の関係は深い。筆者は戦後50年の1995年に50人の仲間と一緒に南京と盧溝橋を旅した。その時は亀田病院の杉本事務局長夫妻が参加してくれた。「木更津レイプ殺人事件の被害者」も娘や親類の人たちも参加してくれて、50人のメンバーが誕生した。

思うに浜田幸一を「現役やくざ暴力団」と教えてくれた最初の人物が、森さんだった。森さんの政治後援会の講師として一番人気は、ハマコー秘話だった。

いま思うに勝浦市の民度は、千葉県でも随一ではないだろうか。勝浦市の散策は、過去をたくさん思い出させてくれた。

 

<懐かしい池田正巳秘書の案内で大多喜城見学>

勝浦市に向かう途中で、彼方の山上に城が目に飛び込んできた。これも懐かしい。森美秀・伊藤宗一郎両氏の秘書を歴任した池田正巳さんが、この城の案内人となってくれた。

彼は確かテニスの名人で地元(松戸市)の市民との交流に励んでいるようだ。今年も年賀状をもらった。

 

<松野博一の万年ポスター>

高速道路で市原市鶴舞に入る途中の風景を眺めていて、改めて房総半島は山は少なく、大半が丘陵地帯であることが分かる。そこがやくざ暴力団の利権の巣だ。市原市の農村部には、この日、衆院政治倫理審査会に呼ばれている松野博一のポスターがかなり張り出してある。松野博一の選挙区だとわかった。彼の万年ポスターが目立つ。警察も選管も沈黙している。

 

問題の安倍・清和会の裏金問題では、官房機密費を官房長官を辞める寸前に、自身の政治活動費に引き出していたことが批判を浴びていたが、それ以外の問題でも昨夜のYouTubeで見た。猿は猿でも木から落ちると、ただの人でしかない。

野党は証人喚問をとことん追及するしかない。浜田国対に屈すると、天下の物笑いになろう。松野の出まかせ発言を追及する立民の枝野幸男の舌鋒鋭さに対しては、原稿を読んで逃げまくっていたが、国民の反発を強めただけだった。

 

<円激安で冥途の土産?世界旅行断念派が増大、政府日銀の円安暴走政策を知らない国民ばかり>

素晴らしい景勝地・八幡岬公園の往来には、およそ7キロの道のり。ゆっくりと歩いてもいい運動である。30余人の仲間と談笑しながら歩くというのも初めての体験だ。

意外な話を聞いた。「円が激安になって世界一周旅行を断念した」というものだ。

反骨ジャーナリストの夢も「船に乗って旅をしたい」。そう思っていたのだが、円安で不可能であることが判明し、正直なところ内心、面白くない。人間はいくつになっても未知の体験はしたいもの。悲しいかな黒田東彦と植田和夫の財閥を太らせるアベノミクスのせいで、安いクルーズ船にも乗れない。政府と日銀が意図的に円安を露骨に誘導している。物価高で生活も壊れ、旅行費はどんどん高くなる。もう5年もたつが、一度も外に飛び出す機会がない。終の棲家も大地震で家は倒壊するだろう。

誰もが覚悟のある人生を送らねばならないのも安倍・清和会の仕業だ。2011年の東北大地震と2024年の能登半島地震が裏付けてくれた。それでも覚悟のある人生を決断する勇気ある人たちが、袖ヶ浦市に一人二人と出てきている。千葉12区の樋高剛もその先頭に立った!木更津市の市議や袖ヶ浦市議の中にも。

 

<富来田公民館唯一の善政に感謝>

人間は物忘れが好きな動物である。永田町の悪党だけではない。しかし、過去も元来た道を歩くと、見事なくらい思い出せる。そんな勝浦の旅だった。勝浦市のやくざ暴力団追放宣言を君津郡市にも。春は3月花見時。木更津市の善政にひとまず感謝したい。

2024年3月2日記(平和軍縮派・政治評論家)

石垣さんさんからメール

http://honzawajiro.cocolog-nifty.com/blog/2023/03/post-f80dbe.html

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