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2023年5月26日 (金)

本澤二郎の「日本の風景」(4816)

本澤二郎の「日本の風景」(4816)

<安倍回顧録に元家庭教師の平沢勝栄が公正さに疑問>

 もう過去の話になった「安倍回顧録」?安倍晋三の頭のてっぺんから足底まで知る家庭教師の平沢勝栄が、月刊タイムス(2023年6月号)のインタビューで表向きは持ち上げながらも、バッサリと酷評している。多くの国民は史上最低の首相として評価していない。岸田文雄の国葬強行に対して統一教会や日本会議を除くと大反対だったことが、まだ記憶に新しい。筆者は回顧録取材の面々が安倍の仲間であるという事実や、本人が政界きっての嘘つきだという事情、はたまた大事な森友・加計事件やプーチン会談の真相を回避している点などから「読むに値しない」と認識している。女性記者との関係も父親に似ていて「品性」がない。

 

 

 安倍内閣が誕生したころ、自民党の名門派閥・宏池会の事務局長を長く歴任した木村貢が「政治家の品性」(徳間書店)を出版した。安倍に対する警鐘だったが、いまや「ミイラ取りがミイラになった岸田文雄」に国民の多くが嘆きながら批判している。

 

 

 父親が認めるほど「不出来な晋三」の頭部を、遠慮せずに叩きながら家庭教師として頑張った平沢が、教え子をどう採点するか、興味深い会見記事に目を通すとよいかもしれない。家庭教師として「納得しない」の連発からすると、例によって真実を捻じ曲げた、およそ歴史に耐えられるような代物ではないと断罪している。筆者の家庭教師発言の理解である。

 

 

<言外に「ナベツネ一家のヨイショ本では歴史に耐えられない」とも指摘>

 言論人・反骨のジャーナリストの視点では「なにゆえの長期政権だったのか」を理解できない日本人は多くいる。結果的に判断を誤る。言論界が真っ当であれば、すなわち民主主義が確立していれば、安倍の長期政権はなかった。ありえなかったと結論できる。

 小選挙区制も災いの元だった。自民党に言論の自由がなくなってしまったことが大きい。しかも公共放送NHKが、政府の広報に徹した。国民もまた言論の自由・知る権利を奪われてしまった。犯人はナベツネ一家だと断罪したい。朝日・毎日さえも、ナベツネ化新聞に堕して、あたかも歌を忘れたカナリアになってしまった。すなわち国民も国会も、日本国憲法が政府に求めた「知る権利」を奪われてしまい、ただ浮き草のような状態に追い込まれてしまった。

 インターネットでさえも言論の自由を奪われてしまっている。それが現在も継続している。非戦の憲法にもかかわらず、安倍の改憲軍拡路線は強行され、それにまともな批判さえもできない言論界であった。

 電通とナベツネ言論がいまも続いている。そして「安倍回顧録」もまたナベツネ一家によって実現した作品である。平沢が「物足りない」と柔らかいがズバリ本質を突いた評価をしたことを評価したい。

 

 

<父親・晋太郎から「厳しく」の注文に三角定規などで頭部をぴしゃり>

 安倍家の長男を非難する関係者はいない。しかし、晋太郎に食らいついた記者は、晋三の出来の悪さに嘆く父親を記憶している。

 平沢は口にしないが、晋太郎は「厳しく頼む」と家庭教師に再三頼んだはずだ。そうでなければ、三角定規などを使って頭部を叩くことなど考えられない。よほどのことが想像される。

 筆者も家庭教師の経験がある。「ボロは着てても心は錦」の貧乏学生だったため、夕刻に出た食事が有難かった。品川区の幼稚園の次男坊は良くできる真面目な子供だったが、母親の配慮であろう、生まれて初めてマグロの刺身を食べた。というわけではないが、教え子の頭を叩くことなど想定も出来なかった。

 大田区の町工場経営の長男は、やんちゃな子供だったが、それでも日大工学部を卒業し、会社を大きくしたと老いた母親が感謝しながら語っていた。

 二人とも晋三のような子供ではなかった。

 

 

晋太郎は「東大無試験入学よ」と盟友の竹下登が明かした!>

 会社の先輩に田中角栄秘書の早坂茂三がいたお陰なのか、田中派では自由に取材することが出来た。在京政治部長会の料亭での竹下派の宴会で、首相を辞めた直後の竹下登と隣り合わせた。

 「海部俊樹を後継者に選んだ理由」を尋ねると、彼は「海部の演説は(早稲田の)雄弁会と違う。(中央大学の)辞達学会だから本物だよ」と。関連して「安倍ちゃんは東大に無試験で入ったのさ」とも軽口をたたいた。

 

 

 東大に無試験?とは驚いた。敗戦の混乱期でも一部の恵まれた子弟には、恵まれた秘密の窓口が存在していたのだろうか。

 

 

<ライバル田中龍夫事務所では「晋ちゃんはアメリカで麻薬を学んだ」と>

 晋三は短期間、アメリカに留学しているが、その時に韓国のKCIAの世話になったとされる。晋太郎のライバルだった田中龍夫は、福田赳夫の側近中の側近で知られた人物。田中事務所の金庫番は「晋ちゃんはアメリカで麻薬を覚えて帰国した」と明かした。平沢勝栄のぴしゃりは効果がなかったのだ。清和会秘書会の幹部が以前、晋三を「小僧」と呼んでいたことも納得できる。もうこれだけで回顧録の値打ちはないだろう。

 加計孝太郎事件発覚で、二人が一緒に留学していた当時の写真がネットに流れた。「加計は岸の息子」との指摘も浮上した。

 100%修身の人ではなかったし、いわんや斉家に程遠かった。「治国平天下」とは無縁だった。日本丸の船底に大きな穴をあけて逝った。昭恵も女として苦労したはずだ。彼女の「回顧録」評価も聞いてみたい。平和と民主主義を愛する日本国民の敵という評価を下したい。

2023年5月26日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

 

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