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2023年3月22日 (水)

検察は猛省謝罪せよ!<本澤二郎の「日本の風景」(4752)

検察は猛省し謝罪せよ!<本澤二郎の「日本の風景」(4752)

<袴田冤罪事件に真摯に反省することが不可欠=適切対応では繰り返す>


1966年に4人の殺害事件の犯人にされ、45年もの長期間、死刑囚として東京拘置所に収監拘束されるという悲運を強いられてきた袴田巌さんが、ようやくにして屈辱の検察犬の首輪から解放された。東京高検は2日前に特別抗告を断念した。

 この当たり前の結論に知り合いの弁護士は「よかった」と伝えてきた。当たり前のことが当たり前でないこの国の不正腐敗に対して、主権者である日本国民にうんざりするばかりだ。山元裕史次席検事は「静岡地検と共に再審公判に適切に対応する」とだけ釈明した。日本検察の傲慢さを露呈して余りあろう。無実の者を捕まえ、他方で犯罪者を逃亡させる検察を、安倍事件で繰り返し見せつけられてきた。恥を知れ、である。反省と謝罪をしない日本検察もまた、韓国の徴用工問題でも逃げる日本財閥や、目下の国会での極右議員・高市早苗レベルであろう。検察は袴田さんに深く謝罪をすることが不可欠だ。過ちを認めることが、二度と繰り返さない人の道である。

 この事件には証拠の捏造もあったようだ。こちらの犯罪捜査はどうなのか。検察の逃げられない責任と義務である。検察は、国民のためにある正義の検察に立ち返るしかない。司法修習を根本から見直せ、と訴えたい。

 

<国の番犬返上して国民の味方に=疑わしきは罰せずが正義>

 外側から見ると、韓国の検察はよく頑張っている。議員の不正に対して容赦しない。検察の出身者が大統領にもなれる国だから、この点は評価したい。だからといって徴用工の解決案は、いただけない。新たな火種を作った。

 日本財閥の反省と謝罪が、何としても不可欠である。この一点を国際社会は厳しく見つめている。岸田とバイデンは喜んでいるだろうが、そうは問屋がおろさない。

 まだ冤罪事件はある。まずは袴田事件を検察は猛省し、反省と謝罪が出来ないようでは、主権者である国民は安心して犯罪捜査を警察と検察にカネを払って任せることは出来ない。

 政府や国の番犬から国民の番犬としての検察に衣替えする必要がある。強く指摘しておきたい。「疑わしきは罰せず」の刑事司法の原則を徹底して確認する必要がある。

 

<赤嶺さんら市民運動家の狭山冤罪事件再審に弾みつける!>

 冤罪事件では、背後に「差別」が捜査当局の判断に影響を与えている。気になるのは狭山事件である。冤罪事件として「再審請求」が法廷で争われている。数か月前に純朴な市民運動家と連絡がついて気付いたのだが、袴田冤罪事件が関係者の運動に弾みを与えるだろう。

 以下に支援者の声を紹介したい。

 「私達支援者がやらなければならないことは、裁判所に再審開始を求めて行く事と、石川さんご夫婦がお元気で闘い続けられるよう、応援する事だと思っています。石川さんの不屈の闘いが続く限り、狭山闘争は負けていないと思っています。運動としてはとうの昔勝利しているのですが、裁判ではまだ勝てていないだけです。狭山を闘うことは、国家権力と闘う事と同時に、自分自身との闘いであり、自らの解放を勝ち取る闘いだと思っています。(狭山冤罪事件の市民運動家・赤嶺さんの訴え)」

<東芝病院の医療事故死を不起訴にした東京地検の松本朗を許さない>

 日本の官僚組織の大きな欠点は、そこで繰り広げられる判断について「無謬性の論理」を踏襲している点に尽きる。この世に間違いはないことなどありえない。人間のやることには、常に間違い・過ちがつきものである。

 筆者は自ら体験させられたことから、自信をもって決めつけることが出来る。断固として元東京地検の松本朗を許さない。彼は悪党である。財閥に屈した検事として、永久に忘れることはない。

 反骨のジャーナリストの原点は、恩師の宇都宮徳馬さんの「権力を監視して断じて屈するな」と、もう一つは「次男正文が、財閥・東芝病院に誤嚥性肺炎で1週間の入院計画で入院したものの、入院数時間後に窒息死という重大な業務上過失致死事件を、東京地検の松本朗は不起訴にした。その後の検察審査会も松本に屈した。検察審査会委員11人も同罪である。息子の命を奪った財閥病院は無論、反省も謝罪もしない。松本朗は東芝に屈して不起訴にした悪質極まる検事だ。松本朗を決して許さない」。

 正文の顕彰碑を建てることが2023年の父親の義務となった。反省と謝罪のない社会では、一個の命は地球よりも重く、次の世代へと継承する、との思いが、小さい簡素な顕彰碑建立の目的である。

 「医療事故で死産した赤子のことが老いても忘れられない。そのために自分なりに供養を続けている」というM子さんの告白も痛烈すぎる。怨念が渦巻く社会を癒すためにも「反省謝罪」は不可欠である。

2023年3月22日記(東芝製品不買運動の会代表・政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

袴田事件(はかまたじけん[
2])は、1966昭和41年)630静岡県清水市横砂[1](現:静岡市清水区横砂東町[
1][2])の民家で発生した強盗殺人放火事件。味噌製造会社の専務一家4人が殺害され、住宅を放火された上、集金袋を奪われた事件の通称である[2]被告人として起訴された袴田巌に対し、1980昭和55年)に死刑の有罪判決確定したが、袴田は冤罪を主張しており、死刑確定後の1981年(昭和56年)から2度の再審請求を行った[6]2014平成26年)3月、第2次再審請求審で静岡地裁が再審開始と、袴田の死刑および拘置の執行停止を決定し、袴田は釈放された[6]。その後、検察側が東京高裁即時抗告したところ、同高裁は2018(平成30年)に再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する決定を出したが、同決定を不服とした弁護側が特別抗告したところ、最高裁2020(令和2年)12月に同決定を取り消し、審理を同高裁に差し戻す決定を出した[6]。差し戻し後の審理で、東京高裁は2023(令和5年)3月に静岡地裁の再審開始決定を支持(同決定に対する検察側の即時抗告を棄却)する決定を出し[7]東京高検がそれに対する特別抗告を断念したため、死刑確定事件としては戦後5件目となる再審開始が確定した[4][8]日本弁護士連合会が支援する再審事件である。(以上はウィキペディア資料)

 

 

 

 

 

 

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