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2022年11月12日 (土)

清和会秘話7<本澤二郎の「日本の風景」(4622)

清和会秘話7<本澤二郎の「日本の風景」(4622)

葉梨後任の通産官僚・原子力ムラの斎藤健も統一教会退治は不可能か

 アメリカの中間選挙は、トランプが期待した「赤い波」は起きなかった。ワシントンの統一教会の勢いは萎むことになろう。ただ東京では、法相の葉梨康弘 が更迭され、斎藤健に代わったが、この人物も原子力ムラの細田博之衆院議長の後輩で、ご丁寧に統一教会との関係が既に話題に上っている。

 目下の法務検察は、東京五輪疑獄事件で清和会の森喜朗を退治することにも失敗し、安倍時代の「腐敗の検察」を引きずっている。「笹川一族がガードする統一教会退治はとても無理か」との事情通の指摘も。

 岸田文雄首相は、せっかく手にした「快刀乱麻を絶つごとく清和会を征伐する好機を逸した」と見られている。このままずるずると落ち込んでいくのだろうか。側近に人物がいないことが、改めて露呈した格好である。 

 悪役の萩生田光一が笑っている?

 

<「岸田は清和会を斬って斬りまくれば英雄になれる」の声が>

 政界をどす黒く覆っている煤煙の犯人は、A級戦犯の岸や児玉、笹川が韓国の文鮮明という、いかがわしいカルト教団勢力だ。彼らは莫大な資金を、こともあろうに、あたかも迷える婦人らから全財産を奪いつくして得たもので、それでもって日米韓の反共右翼政党にばら撒いて、国内外の政策に関与していた。

 参考までに葉梨康彦から交代した斎藤健の公約は、ほぼ統一教会のそれに一致している。すなわち安倍路線そのものなのだ。「今の清和会は悪魔の軍団」と指摘する元清和会関係者もいる。的を射たものだろう。

 岸田の任務は「黒い煤煙、すなわち清和会を排除することに尽きる」。そのことが統一教会を退治した証となる。岸田は快刀乱麻、清和会を斬って斬って斬りまくるしか、生き延びる手段・方法はない。違うだろうか。戦後77年、日本はA級戦犯となった岸の根を絶つことを意味する。国民の声なき声であろう。

 

<三木武夫「新聞が岸首相NOの社説を出せば潰せた」と心境>

 改めてCIAの恐ろしさに感嘆するばかりだ。彼らは戦争犯罪人を抱き込んで、日本統治を考えた。日本を真っ当な民主主義国として見ていなかった。親英米派の吉田茂は、珍しい例外だった。再軍備に抵抗した点を評価したい。

 岸戦犯内閣を実現したのはCIAの実績だとしても、ただそれだけだったのかというと、それは事実ではない。解除されたCIAの極秘ファイルによると、CIA工作に協力した個人・組織の名前が上がっている。その中に新聞も含まれていた。

 

 当時の様子を反岸の政治家・三木武夫は「大手の新聞が社説で、戦犯内閣は反対という論調を書いていれば、CIAの暴走を止めることが出来た」と側近に語っている。側近とは、英語の達人で知られた国広正雄。彼が筆者に打ち明けてくれた内容である。朝日・毎日・読売がそろって岸反対を主張すれば、CIAの岸擁立工作を食い止めることが出来た。おそらく事実に違いない。

 

 戦前は戦争を賛美して、侵略を正当化して、若者の命を赤紙一枚で奪い、日本を廃墟にした責任は、天皇ヒロヒトと当時の戦争侵略内閣と、それを賛美し、推進した新聞による世論操作にある。 

 

CIAは読売の元内務官僚で戦犯の正力松太郎を操る>

 CIAは協力者、すなわち売国奴にコードネームをつけて記録していたのだが、その中には日本政府、内閣調査室、警視庁、読売新聞、読売ジャイアンツなどと、31人の個人がいた。その中には、読売・正力松太郎が筆頭に上っている。彼はバッジをつけ岸支援を買って出た。原発推進は岸と共同歩調をとった。これに中曽根と読売記者の渡邉恒雄までも。

 60年安保改定の場面では、新聞は突如、学生と労働者の激しい抵抗運動にブレーキをかけるが、これもCIAに屈した政府に歩調を合わせたものだった。

 この安保騒動で命を奪われた東大生・樺美智子がいた。彼女の友人には大蔵官僚から池田勇人の娘婿になった行彦がいた。いつも二人はそろって東大から国会デモに参加していた。もしも、行彦健在であれば、清和会と統一教会退治に突っ込んでいたかもしれない。

 

<安保反対に体当たりした池田行彦=加藤紘一は森打倒に突っ込む>

 同じく加藤紘一もデモ参加者の一人だった。彼は大平正芳の秘蔵ツ子で知られる。靖国神社の遊就館という皇国史観展示物に、初めて警鐘を鳴らしたリベラリストだ。自宅の家を右翼に燃やされている。そういえば大平邸も。清和会の森喜朗が首相として、神道政治連盟の不気味な集まりで「日本は天皇中心の神の国」と驚天動地の日本論を公言したことに対して、加藤は堂々と森打倒に走った。ブレーキをかけたのが側近の谷垣禎一、党本部の野中広務や国家主義者の中曽根康弘だった。加藤が森打倒に成功していれば、間違いなく歴史は変わった。いい方向に変わったろう。極右片肺内閣が、目下の沈没日本の姿である。

 

 宏池会の伝統は、加藤の時代まで健全に推移してきた。左右の均衡のとれた自民党だったが、清和会内閣下、背後の統一教会と連携したことから極右片肺内閣に変質した。宏池会の民意を重視する政治・経済重視の軽武装国家論は消されてしまった。統一教会と読売の影に押しまくられて、名存実亡の宏池会といえるだろう。

 岸田・宏池会は、このまま押しつぶされてしまうのであろうか。あるいは岸田が抜刀して清和会と統一教会を退治して、日本の前途に希望の光を点滅させるのかどうか。正義の法務検察を作動させられるのか。それとも健全な野党と提携して、鬼を退治するのかどうか。1億2000万人の運命がかかっている。

2022年11月12日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

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