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2022年11月16日 (水)

清和会秘話11<本澤二郎の「日本の風景」(4626)

清和会秘話11<本澤二郎の「日本の風景」(4626)

<侵略戦争を引き継ぐカビの生えた隠微な岸・福田・安倍の統一教会派閥>

 「嘘をつくな」「泥棒するな」と幼いころから教えられて育ってきた人間は、それに違反すると、なんとなく後ろめたくなるものだ。「貧しくてもお天道様を拝んで生きたい」と誰もが思うが、この点について清和会の面々は、なんとなく暗い。アジアの人々の精神をいたぶり続けている戦争神社・靖国参拝派は、国際社会では胸を張ることが出来ない。

 

 ほぼ毎日のことだが、Youtube動画を見て新情報に接しようとしている。昨夜は拘束された裸の女性を救出する、ウクライナの狙撃兵の見事な映像を見た。自然に安倍晋三を2発の銃弾で心臓を射抜いた狙撃手のすごさを思い出した。山上単独犯ではない。スナイパーから逃げられる要人など一人もいないことが理解できる。普通であれば山上に対して、大声を張り上げて非難する場面だが、被害派閥の清和会からもそれがない。みな怯えているのであろう。

 安倍暗殺の真因が分かっているのか?

 

 20年間、派閥記者として自民党のオール派閥を取材してきた、たった一人のジャーナリストが、どうしても派閥の懐に飛び込めなかった清和会だったと白状しなければならない。宏池会の大平派、木曜クラブの田中派、三木派、中曽根派となんとなく違う。暗い陰気な派閥なのだ。カビの生えたような派閥だった。

 

 ロッキード事件では、田中派と中曽根派から加害者が出た。意気上がる福田派からも一人名前が上がった。それを活字にした途端、清和会事務局の態度が変わったことに違和感を覚えた。やむなく、ややリベラルな中山太郎や反安倍の田中龍夫、そして一匹オオカミの小泉純一郎らに的を絞って、清和会の動向を取材した。

 派閥記者は、どこの派閥でもそうだが、ミイラ取りがミイラになってしまう。そんな記者が大半である。公正な分析記事は書けない。特に総裁選になると極端だ。小さな新聞社には、そのような壁がなかったことを幸いに、どこにでも首を突っ込んだ。

 まず政治記事は、ほぼカラー眼鏡を通している。

 目下の深刻な報道というと、その影響力からNHKの右傾化、官邸よりの情報発信である。カビの生えた清和会政権を批判なしに報道するNHKの罪は重い。しかも、NHK会長が財閥から選ばれるという信じがたい事態が、安倍内閣において強行された。改憲軍拡を正当化するためのNHK報道が日本人の頭脳を変えた。歴史を学ばない若者や、日本国憲法を読んでいない日本人に降り注いだ。改めてNHKは、公共放送といえない。

 

 フクシマの子供たちの被ばく問題を追及する被ばくジャーナリスト・竹野内真理などは「NHKを解体すべきだ」と繰り返し訴えているが、これは正義の主張である。NHKを公共放送に引き戻さないと、カビの生えた清和会による軍国主義の復活を可能にするであろう。

 

<岸・安倍VS福田・田中龍夫の確執=福田の叱責の目撃者談>

 岸や笹川らA級戦犯が、韓国の文鮮明の統一教会を大膨張させ、比例して多くの日本人女性たちの身ぐるみはがし地獄に叩き落としたことに対して、岸後継者の福田赳夫は、都内の教会主催の大集会で文鮮明を「アジアの指導者」と破格の評価をして持ち上げた。この時、感動した文鮮明は福田に抱きついた。

 政治的に判断すると、大金が動いた証拠といえる。他人の不幸を喜ぶ岸・福田と文鮮明に対して、識者でなくとも驚きを隠せない。国賊・売国奴そのものたちだ。本心からそう思う。

 

 岸が「福田君を総理にするまでバッジを離せない」と公言した新橋駅近くの日石ビルの、確か2階の岸事務所での岸懇談の様子を思い出す。ロ事件後に起きた、いうところの「三木降ろし」で田中・大平派の支援で政権を手にした福田は、2年後に密約通り、政権を大平にバトンタッチしたのだが、福田は安倍がそうだったようになかなか派閥を、岸の娘婿の安倍に渡そうとはしなかった。

 そんな福田を、腹上死説まで飛んだ田中義一の息子の龍夫と派閥会長維持にこだわった。これに岸は怒り狂った。「早く安倍晋太郎に渡せ」と福田に迫り続けた。田中は同じ選挙区で安倍と対立していた。福田のためには火の中水の中までと忠誠を尽くしてきた。福田としては、せめて田中を衆院議長にしてからだ、との思いが強かったが、岸は福田の抵抗を封じ込め、安倍を後継者とした。

 

 この福田の決断に田中は失望と衝撃で泣いた。派閥の後継は、人知れず当事者間で死闘が演じられるものなのだ。安倍晋三が死んでも、後継者が決まらない。四分五裂と見られる理由なのだ。

 

 三木内閣において当初、福田は副総理として三木武夫を支えた。そのころ福田の秘書をしたNの証言によると、福田と安倍晋太郎の関係は第三者の想像を超えて、厳しいものだった。「福田さんは安倍を私がいる目の前で面罵した」という。それも2回も、直接見たというのだ。Nと福田、安倍しかいなかった。

 福田派記者たちは、安倍を早くから「プリンス」と呼んで、安倍の出番に期待していた。岸の娘・洋子の婿という関係もあった。安倍は毎日新聞OBとして、以前から記者の仲間を集めていた。

 同じく安倍の仲間の一人に聞いた話だが、彼は賭け事が好きだった。「よく花札を使って仲間を集めていた。懐には万札が詰まっていた。負けることで相手を喜ばせて、自分の仲間にする作戦だった」という。

 安倍は、筆者が働いていた東京タイムズにも目をつけていたらしい。「大森実を使って二人も編集幹部を送り込んできた。社長の徳間書店も活用したらしいが、二人とも毎日新聞外信部OBで、安倍政権工作が任務だった」と見られている。

 

 安倍はすい臓がんで倒れてしまったが、死因は「料亭での徹夜マージャン」とその筋で語られている。「料亭の奥座敷に彼女を呼んでいた」という。夫人との関係は悪かった。彼は福田の反角感情をこれ見よがしとばかり、田中派の竹下登や金丸信らと麻雀に徹した。

 

 2018年の8月だったと記憶している。オウム真理教の兵器工場で有名になった旧上九一色村界隈の、笹川一族の巨大な別荘地内かその近くのゴルフ場で清和会総理が一堂に集った。

 森喜朗と小泉純一郎と安倍晋三である。安倍の腰巾着のような麻生太郎も。主宰者の笹川陽平別荘で、5人の大宴会が開かれた。笹川の有頂天ぶりが、ネットに流れた。「悪だくみ」の場所である。我が世の春に黒幕・陽平は上機嫌だった。

 しかし、この場にもう一人の清和会総理はいなかった。福田康夫である。彼は安倍を嫌っていた。日本が亡びると懸念を抱いた人物だ。東アジアに高波を起こす安倍と笹川を警戒していたのであろう。

 

 いま安倍を手なずけてきた石原慎太郎もいない。森も五輪疑惑で事情聴取を受けた。もう誰も相手にしない。清和会の終わりの始まりか。祇園精舎の鐘が鳴っている。検察が少し行動するだけで清和会はお陀仏だ。

 残るは、揺らぐ統一教会と財団化したギャンブル笹川に人々の注目が集まっている。昨日は親類のF子さんにいただいたキウリの糠味噌漬けを二本食べた。おいしい。これぞ日本のおふくろの味。添加物も全くない安全な食べ物。糠味噌は発酵食品だ。キムチもいいが、二つを一緒にするのは無理である。

2022年11月16日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

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