« 清和会秘話3<本澤二郎の「日本の風景」(4618) | トップページ | 清和会秘話5<本澤二郎の「日本の風景」(4620) »

2022年11月 9日 (水)

清和会秘話4<本澤二郎の「日本の風景」(4619)

清和会秘話4<本澤二郎の「日本の風景」(4619)

<清和会始祖・岸信介は本物の国粋主義者=上杉慎吉門下生>

 本日も安倍晋三の祖父のことを書こうとしている。とても大事なことである。ここが分からないと、現在の日本が見えない。いわんや将来を予見することも不可能である。「安倍は亡くなっているため、統一教会との関係を明らかにすることは出来ない」と岸田文雄首相はうそぶいている。これに国民も自民党員も納得していない。真相は徐々に明らかにされている。岸田の逃げは許されない。公安ファイルを開いただけでも、沢山の事実が分かるだろう。

 

 太平洋の向こう側では、目下、米国の中間選挙が繰り広げられている。投票前からバイデン大統領の民主党の苦戦が伝えられている。インフレ選挙に勝てる候補者は少ない。当然のことだが、ウクライナ侵略に駒を進めているロシアは、共和党のトランプ前大統領の台頭に拍手をしている。そして統一教会国際勝共連合カルト勢力も、待望しているだけでなく、強力に応援している。仮に共和党のトランプ台頭ともなると、統一教会も勢いづく。統一教会退治を急ぐ必要がある。

 

 本題のA級戦犯・岸信介について、若者は知らない。知ろうともしない。そこを穴埋めしようとして、本企画を開始した筆者である。岸は戦後生き残った国粋主義者、本物の国粋主義者だ。国民を代表して警鐘を鳴らす所以である。

 戦前の国粋主義者は、東京帝国大学の憲法学者・上杉慎吉である。源流は幕末に台頭した尊王攘夷論。天皇を尊び外国を排除するというもので、明治期の欧化主義に反発した。国粋主義は、国家主義や愛国主義の極端すぎる一形態とされる。常人が理解できない異端的思想とでもいえようか。

 本来は日本古来の良き伝統を保存したいという立場から、大きく変化してしまった偏狭なナショナリズム。右翼の行動原理ともなって、とどのつまり日本を侵略戦争から亡国へと追い込んだ。識者の批判が強い。極端な天皇主義から皇国史観という途方もない歴史観を今も引きずっている。最近では安倍晋三や高市早苗ら日本会議・神道政治連盟のメンバー、すなわち清和会の面々の考え方である。それゆえの統一教会派閥を内外に印象付けている。

 外国のカルト教団の意向を受けて、憲法改正案まで受け入れながら、それを不思議と思わない安倍・清和会政治に、現在は言葉も出ない。

 

 上杉は天皇主権説を主張し、美濃部達吉の天皇機関説に対抗した。前者の立場から「天皇現人神」という21世紀人間の頭脳では、いかに努力しても理解できない。統一教会流のいかがわしい詐欺的洗脳を受けても無理だろう。だが、清和会の森喜朗は、首相として堂々と「日本は天皇中心の神の国」と公言して、政権を投げ出す羽目となった。この狂気的信念が、安倍ら清和会思想に存在している。そこに統一教会のカルト教義に洗脳される余地があったのかもしれない。多少似ているのが、松下幸之助が70億円の資金で設立した「松下政経塾」だ。神社参拝を強要して「天皇神」思想による偏狭な民族主義と見られている。岸田内閣に二人の政経塾出身者が紛れ込んでいる。高市と松野である。

 話を元に戻すと、岸は安岡正篤と共に上杉門下生の優等生だった。この学生の中に血盟団事件に飛び込んだものがいた。四元義隆で、中曽根康弘は首相在任中、四元のもとによく足を運んだ。仲立ち役が稲葉修で、彼はロッキード事件の時の法務大臣。

 血盟団事件(1932年)の主犯は、日蓮宗の僧侶・井上日召。日本経済は失業と企業倒産、その一方で財閥はドル買いで莫大な利益を上げていた。農村の疲弊は深刻そのものだった。前大蔵大臣の井上準之助と三井財閥の団琢磨が暗殺された。その後に2・26事件、5・15事件へと続いていく。

 

<「東京帝大に残れ」を蹴飛ばして財閥・武器弾薬の商工官僚へ>

 財閥の跋扈と侵略へと駒を進める日本軍という危険すぎる大河を背景に、岸は恩師の説得にもかかわらず、学者の道を蹴飛ばして、役人の世界に駒を進めた。商工省である。現在の経済産業省か。財閥を指揮、指導できるポストだ。

 岸の実弟・佐藤栄作は鉄道省である。後者は日本敗戦後の吉田内閣で官房長官を手にし、岸はA級戦犯として逮捕された。運命のいたずらか、先に首相になったのは、財閥と提携した岸の方だった。吉田内閣のもとで、解体された財閥は復活に成功、朝鮮戦争による特需で鎌首をもたげていた。

 

<中国侵略基地・満洲支配に踏み込むA級戦犯の岸>

 関東軍の満洲侵攻目的は、資源獲得にあることは言うまでもない。財閥の意向が政権を動かし、ついで軍部へと指令が届く。はっきり言うと、軍部を動かす元凶は、資源獲得に狂奔する財閥である。

 朝鮮半島から大陸へと蘇満国境へと進軍した関東軍、そして清朝没落を好機として満洲傀儡政権の樹立へと流れる一本の太い線の大本は、東京の財閥なのだ。同時に赤紙一枚で青年を奴隷並みに動員できる靖国システムには、国家神道と教育勅語が連携していた。

 天皇のために一命を捧げることに生きがいを持たせる戦争体制が、日本軍の侵略戦争を可能にした。いまのロシアのプーチン戦争には、日本のカルト宗教による動員体制がない。1週間でケリがつくと思い込んでいたプーチンの愚かさが露呈しているが、その点でいうと、日本の侵略戦争システムは完璧だったといえる。恐怖の政治体制であった。

 

 岸は財閥と一体となって動く。1935年には対満事務局、翌年に満洲重工に入って、進んで満洲に渡る。1939年には悲願の満州国総務庁次長に就任する。総務庁に満州国の実権が集中していた。アヘン利権を手にしたとされる岸のいわば絶頂期だったのだろうか。満鉄利権や日本のアヘン王にして、国策会社の電通の親玉・里見甫らの満洲人脈を確立した。大連港から出港する帰国時の岸の船の積み荷は山のようだった、との目撃談がある。総務庁長官は星野直樹だ。

 この後に商工次官の椅子が用意されていた。東条英機の戦争内閣が誕生すると、岸は財閥の意向もあったろう、長州田布施出身も幸いしたのかもしれない、商工大臣の椅子が待っていた。

 

<「弐キ参スケ国を誤る」「米国英国宣戦布告詔書に署名」東条内閣>

 岸信介・星野直樹・東条英機・鮎川義介・松岡洋右を、敗戦時の識者は「弐キ参スケ国を誤る」と怒りを込めて叫んだが、戦後も同じ愚を冒す岸信介のことに誰も気付かなかった。

 岸は商工大臣になると、米英に対して宣戦布告の詔書に署名した。財閥の先頭に立って資源獲得に向けた侵略戦争にのめり込んだ、その結末が米英との開戦だった。どう転んでみても勝てる相手ではなかった。当時の国際情勢に精通しているものであれば、誰も開戦を喜ばなかった。

 

 天皇ヒロヒトについて最近の資料で分かったことだが、彼こそが開戦に積極的だった。百武三郎の侍従長日記などで証明された。A級戦犯の第一人者がヒロヒトだった。彼は300万人の戦死者と遺族に対して、死ぬまで反省も謝罪もしなかった。戦後は象徴天皇として、かつまた生物学者に徹することで、国際社会の非難をかわした。悪運の強い第一人者となった

 

A級戦犯で巣鴨入り岸をCIAが抱き込んだ理由?=天皇利用>

 A級戦犯の岸を、ワシントンの謀略機関CIAがなぜ抱き込んだのか?大きな疑問である。泥棒を捕まえて、泥棒を捕まえる地位に就けたのか。国粋主義に徹した、岸・天皇教による反共の基地・日本改造に狙いを定めたものだからだ、と断言出来るであろう。

 偏狭なナショナリストの岸ゆえに、文鮮明を抱き込んだ理由がある。また、犯罪者を起用して、国政全般を監視させる。「うちの祖父さんは民主主義を知らない」と筆者に明かした安倍晋三の、この発言は嘘ではなかった。

2022年11月9日記(政治評論家・日本記者クラブ会員) 

 

« 清和会秘話3<本澤二郎の「日本の風景」(4618) | トップページ | 清和会秘話5<本澤二郎の「日本の風景」(4620) »

安倍晋三」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 清和会秘話3<本澤二郎の「日本の風景」(4618) | トップページ | 清和会秘話5<本澤二郎の「日本の風景」(4620) »

2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ