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2022年11月11日 (金)

清和会秘話6<本澤二郎の「日本の風景」(4621)

清和会秘話6<本澤二郎の「日本の風景」(4621)

<東条内閣大蔵大臣・賀屋興宣「戦犯が総理をやってはまずい」>


池田勇人内閣で法務大臣を務めた賀屋興宣は、死刑執行をしなかった。目下、法務大臣の葉梨康弘のパーティー会場での軽口が問題になっている。法務検察を指揮して統一教会を退治すれば、英雄になれるだろうに悲しい。彼の義父・信行は、旧制水戸高出身の真面目な政治家だった。よく新聞記者の話を聞いて、政治活動をしていた。電車を使って茨城県の自宅を往来していた。娘婿には、彼のような真面目さが感じられない。

 本日取り上げる賀屋は、A級戦犯(戦争犯罪人)として岸信介と一緒に巣鴨プリズンの世話になり、釈放された岸と異なり、終身刑となったが、10年服役して釈放された。彼は、岸と共に東条内閣の閣僚(大蔵大臣)になった。戦争遂行の大軍拡予算を編成して、罪に問われた。

 池田は、郷里が広島で大蔵省の先輩である賀屋の出番を作った。日米戦争は、ヒロシマとナガサキの2発の原爆投下によって、終止符を打った。天皇ヒロヒト以下の戦争犯罪は重い、言葉にならないほど重いのだが、岸をはじめとして多くが巣鴨から出た。連合国による東京裁判は、余りにも温情すぎた判決(東京裁判)といえよう。岸は1948年12月に釈放され、その足で実弟の佐藤栄作のいる官房長官公邸に出向いた。吉田内閣の配慮にGHQが応じたものだろう。

 

 1972年の8月だったと思う。政治記者になったばかりで永田町の事情は暗かったが、それでも岸の仲間が近くにいることが分かった。同年の自民党総裁選で、彼は大蔵省の後輩で岸の政治後継者の福田赳夫を応援していた。当時の政治記者は、右翼をタカ派と紹介していた。岸の後継者の福田派は、文字通りタカ派の集団だった。

 対してリベラル派をハト派と呼んでいた。宏池会のハト派・大平派と佐藤派から飛び出した田中派の連合に、ハト派の三木派と反福田のタカ派・中曽根派が協力して、田中内閣が誕生した。戦前派の戦争支援グループが、岸派と福田派に集中していたが、当時の世論は、日中国交回復を公約に掲げた大角連合に配慮する報道が目立った。

 

 田中内閣が発足したのは72年7月7日、七夕内閣と新聞は書いた。その1か月後のことだ。当時の東京ヒルトンホテルの賀屋事務所に電話を入れると、応対してくれた池田秘書が喜んでインタビューを計画してくれた。

 巣鴨生活で健康を回復したという賀屋は、亡くなる5年前だ。でっぷりと太っていた。耳が遠いようで補聴器をつけていた。多分戦時中のことを聞いたのであろうが、今は具体的に何をきいたか忘れてしまった。幸い、ひとつだけ質問と回答を記憶している。

 「A級戦犯の岸信介氏が政権を担当したことについて、同じ立場の賀屋さん

はどう思われますか」

 単刀直入に聞いて元東条内閣大蔵大臣の反応を待った。肯定し弁護するに決まってるだろう。彼は岸内閣の経済顧問までしていたのだから。そんな思いから、期待しないであえて聞いたのだが、回答は意外なものだった。

 

 「戦争犯罪人とされた人が、総理大臣?よくないよ。僕は総理になろうと考えたことはない。人としてやってはならないことだよ」

 賀屋にとって岸は「人でなし」といったところか。真面目なタカ派だった。

 

賀屋は恥を知る政治家だった!岸は裏切り者か

 いま調べて見ると、彼は文鮮明を日本に呼び込んだ岸と似たような人生経験をしてきた。大蔵官僚として主計畑を歩いてきた省内エリートだ。戦時体制下で陸海の軍事予算を担当してきた。暴走する軍部とケンカしながら予算を編成してきた。そして東条内閣では、商工大臣となった岸と肩を並べた。敗戦で、そろってA級戦犯の岸と並んだ。CIAファイルには「協力者」として、ここも同じで、戦後の政界入りも同じだが、賀屋は「戦争犯罪人となったものが、日本の総理を引き受けてはならない。これは最低のルールだ」と強調したのだ。

 

 筆者の目線からするとA級戦犯の人間が、戦後に公的な地位に就く方がおかしい。いわんや閣僚も遠慮すべきだろう。この点は完璧な人間ではなかったが、岸に比べれば、はるかに真っ当だった。恥を知る人間として、88歳でこの世を去った。

 賀屋の親類には、神社の宮司がいる。靖国神社の宮司もいた。遺族会など反共右翼活動に熱心だった。石原慎太郎がそんな賀屋を評価している。人間として彼は先立たれた妻の体を納骨寸前までさすって温めたという。この点は愛妻家として評価したい。それとも妻には苦労させた、との思いからか?

 

<岸は総理をやめた後も野望まみれの人生=笹川も連動して財団化>

 岸は60年安保を改定した後、首相退陣後も福田派を自由自在に操った。ポスト佐藤で児玉は中曽根を担いだが、笹川は岸と共に福田を担いだ。児玉はロ事件で墜落した。笹川は福田派清和会と統一教会と連携し、巨大な財団をいくつも立ち上げ、現在も政界と官界に不気味な影響力を有している。

 

CIAの大誤算=「CIA/統一教会のカネにまとわりついた昭和の妖怪」

 アメリカの国際的謀略機関CIAは、なぜ岸信介をA級戦犯から救いだして、反吉田の鳩山一郎民主党に送り込んで、鳩山後継者にしようとしたのであろうか。結論的に言うと、ボタンの掛け違いだったとみたい。

 当初、CIAは吉田後継に朝日OBの緒方竹虎を想定していたが、保守合同後に急死して挫折。鳩山・民主党幹事長の岸に乗り換える。賀屋インタビューが事実であれば、彼の方は内閣の首班になることを固辞したのだろうか。鳩山後継に岸にテコ入れしてゆくCIA。米ソ冷戦下、吉田内閣の後半になると吉田とCIAの関係は、再軍備問題でぎくしゃくしてゆく。「今再軍備したら日本経済が潰れる。再軍備NO」の吉田から、緒方に切り替えようとCIAは必死だった。吉田退陣工作に用意された爆弾が、造船疑獄事件を炸裂させることだった。検察は、まず側近の佐藤栄作逮捕を狙った。すかさず吉田は、犬養法相の指揮権発動で回避したが、政権は民主党総裁の鳩山へ。日ソ国交回復に入れ込む鳩山から、同幹事長の岸へとCIA工作は急変した。

 

 CIAの岸工作は、安保改定を実現して成果を得たが、反共右翼の岸の野望はそれで満足しなかった。本格的な再軍備実現のために憲法改正に突っ込む。その過程で韓国の文鮮明をソウルから招き寄せ、その結果、半世紀後の日本政治を統一教会国際勝共連合カルト勢力一色に染め、森喜朗から小泉純一郎、安倍晋三と政権中枢は言うに及ばず、自民党の地方組織まで手を伸ばしてしまっていた。

 来春の統一地方選の波乱要因は、統一教会候補の行方次第となっている。敗戦後に平和憲法を手にした日本国民は、その後の国際情勢に翻弄され、ワシントンの首輪はいうまでもなく、なんとなんと韓国・統一教会にも首根っこを抑え込まれてしまった。岸を担いだCIAの大誤算が、この国を亡国の淵に追いやっている。清和会は日本の疫病神どころではない!

2022年11月11日記(政治評論家・日本記者クラブ会員) 

 

(朝日記事抜粋)有識者会議が8日にまとめた基準によると、宗教法人や所属する人物の行為について民事・刑事を問わず公的機関が法的責任や法令違反を認めた判断があり、法令違反の行為が繰り返されるなどの場合、この権限に基づく調査の対象になる。 文科省は、旧統一教会をめぐり、組織的な不法行為を認めた民事判決が2件、使用者責任が認められた民事判決が少なくとも20件あることなどから、基準に合致すると判断した。教団をめぐっては岸田文雄首相が1017日の衆院予算委員会で、報告徴収・質問権を行使して実態解明を目指す考えを表明。文科省は教団への調査で集まった材料を踏まえて、宗教法人法に基づく解散命令を裁判所に請求するか判断する。

 

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