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2022年11月20日 (日)

清和会秘話15(最終回)<本澤二郎の「日本の風景」(4630)

清和会秘話15(最終回)<本澤二郎の「日本の風景」(4630)

<戦後77年、A級戦犯の亡霊が徘徊する政治のメッカ・永田町の異様


2022年は戦後から数えて77年。まともな国であれば、戦前をすっきりと振り払って、民主主義の開かれた政治にならなければならなかった。どうだろう、現実は戦争犯罪人として逮捕された悪人とその後裔の面々が、日本を動かしていた!

 「A級戦犯の亡霊が徘徊している永田町」なのだ。腰を抜かすような日本政治の表面化から5か月も経とうというのに、政党も司法も官界もおたついてばかりいて、前に進んでいない。「日本の風景」を書いてきてみて、これほどの驚きはない。昭和天皇ヒロヒトが300万人の戦没者に反省と謝罪をしなかったことも、いわんや好戦派の天皇だったことも判明したことも衝撃だったが、戦後もヒロヒトの配下とその後継者らが外国のカルト反社会的宗教団体と共謀して、国の権力を掌握し、主権者である日本国民を支配していたことに声も出ない。

 真っ当な為政者であれば快刀乱麻、鬼や悪魔人間を退治する時だろう。だが、当事者にその認識が不足している。それどころか、統一教会の逆襲に遭遇している岸田文雄内閣ではないか。清和会の腐った壁を登れないでいる。すなわち統一教会が反転攻勢に転じているのかもしれない。

 不気味すぎる政局が始まっている!「清和会秘話」連載は本日でいったん

閉めようと思う。

 

<妻を泣かせ続けた安倍晋太郎と晋三の男尊女卑>

 「政治家の妻」は、その多くが泣いている。夫の浮気は当たり前の世界だ。妻は秘書と仲良くなって、夫が亡くなった後、夫が遺してくれた大学を経営した。離婚騒動に発展する事例も聞いたことがある。

 夫が帰宅すると、待ち構えていた妻は手に持ったハサミで、夫のネクタイを切り刻んだ例もある。命がけの職業である政治家は、したがって本物らしい人物がいない。筆者は自民党公明党の議員を、全体の奉仕者ではなく、遠慮なく政治屋と呼んでいる。

 

 「夫が政治家でよかった。尊敬している」と語ってくれたのは、志賀節夫人の良子さんだった。政界一の美人で、確か学校は昭恵の先輩。夫妻とは何度も蒲田駅ビルで食事をしながら、政局について語り明かしたものだ。志賀は国盗りに失敗したが、夫人は政治家の妻として幸せな人生を送った。今どうしているだろうか。

 

 問題の安倍家の妻たちは、外見とは裏腹に人知れず苦労した。晋三の父親の晋太郎の不倫は、とても有名だった。当初は夫人の洋子も気付かなかったらしいが、晋太郎よりも洋子に忠誠をつくした秘書が口を開いたようだ。その秘書を安倍家に送り込んだ人物の証言だ。

 すい臓がんで亡くなる前に晋太郎は「秘書に脅されて参った」と悲鳴を上げていたという。これは晋太郎が信頼した元政治記者の証言だ。息子の晋三も親父の秘書となって、札幌に行く機会が増えて遊び始めた。地元の秘書が自身の点数稼ぎもあって、必死で接待に力を入れたのだ。

 第一次の安倍内閣発足する時点で、晋三の女問題が新聞界で浮上したが、なぜか紙面を飾ることはなかった。「仮面の夫婦」が、晋三夫妻に命名されて久しい。

 

<米南カリフォルニア大学に1年留学した息子の面倒を見た朴東宣>

 安倍晋三について詳しい人物というと、今でも活躍している藤原肇であろう。一時期、公明党創価学会の機関誌のような記事を載せていた「財界にっぽん」の誌上で、実に怪しげな「松下政経塾」のことを論破する対談をしたこともあった。

 フランスに留学して、米国の石油採掘に首を突っ込んだ後、活字の世界に飛び込んだ。ナチズム・ファシズムの研究は、日本人のジャーナリストをはるかに上回る。これらにのめり込んだ輩の後裔にもメスを入れる本を何冊も書いている国際派ジャーナリスト。安倍晋三を男にした小泉純一郎にも詳しい。

 藤原は韓国の諜報機関KCIAによる米議会工作事件・コリアゲートは、当然のことながら取材が豊富で、その関連で安倍の南カルフォルニア大学の僅かな期間の留学生活も調べ上げていた。

 岸や文鮮明・朴正熙に連なる朴東宣の正体にも。彼は「安倍の面倒を見ていた」という不思議な情報をくれたのだが、東京暮らしの凡人ジャーナリストには到底、そこまでは信じられなかった。

 

 勉強嫌いの安倍は両親泣かせで知れ渡っていた。語学留学(1977年)もそこそこに79年に帰国すると、祖父の岸信介が孫を神戸製鋼に入れた。当時、自主憲法制定を叫ぶ岸の朴正熙らとの韓国人脈は健在だった。ジョージタウン大学OBの朴東宣が、あれこれと晋三の面倒を見ながら、反共主義を叩きこんだとされる。安倍の反共教育は、台湾の李登輝もいる。父親の晋太郎は、戦争体験もある。戦争の恐怖を知っているため、極右を嫌う。その点、晋三は文鮮明や岸の好戦的反共主義に染まることに問題はなかった。

 反対にファシズム・ナチズム研究者は、核武装も吹聴する晋三的な人物を警戒することになる。ワシントンやモスクワも同様であろう。本格的な軍国主義復活に突っ込む安倍晋三を警戒する研究者や諜報機関は、第三次安倍内閣構想に動き出した安倍に危機感を抱いて不思議ではない。7・8銃撃事件の背景や解剖からは、山上単独犯ではないことがわかる。法務検察の処理能力をはるかに超えている元首相暗殺事件である。

 安倍や麻生太郎ら核武装論者と靖国神社参拝派を国際社会は、密かに警戒してきた。例えばオバマ政権の要人は、靖国を避けて非政治的な戦没者墓苑の千鳥ヶ淵に出向いて献花した。この点からも自民党内、特に極右・清和会とそれに同調する面々を監視、盗聴する動きは、容易に想像できるだろう。ケネディ暗殺は、狙撃手によるものだったが、晋三の心臓を射抜いた真の犯人もまた狙撃手である。

 

<韓国のKCIAの米議会工作(コリアゲート)で逮捕された疑惑の人物>

 1976年に発覚した韓国政府による米議会買収工作、いわゆるコリアゲート事件で逮捕され、一躍有名になった韓国人実業家?の朴東宣のことを、藤原に聞かされても、不勉強な凡人ジャーナリストは理解できなかった。

 永田町の取材に凝り固まっていたこと、さらには東芝経営の東芝病院に、誤嚥性肺炎の治療で救急搬送した次男正文を、東芝は警報装置もつけない個室に押し込み、しかも窒息死を回避するためのタンの吸引を100分も放置して窒息死させた東芝病院は、2010年4月7日から12年経っても、反省も謝罪もしない。そのことで小さな凡人の脳は詰まっていて、藤原の話を咀嚼する力がなかった。

 余談だが、息子の悲劇をいま財務大臣をしている鈴木俊一に伝えると、彼は「同じ病気を岸信夫もしている。彼は助かっている」と話してくれた。

 世の中には不運な人間もいる。幸運な人もいる。岸は政治家になって防衛大臣にもなった。次男と比較すると、その落差は計り知れない。

 

 コリアゲート事件は、ニクソン共和党大統領が、韓国に駐留する米軍を撤収させるという立派な計画に、朴正熙の軍事政権は驚愕した。これを阻止するために大金を米国議会の関係議員にばら撒いた。その主役のような役割を朴東宣が担った。彼は下関の韓国ビジネスでも活躍していて、安倍父子とも関係があったともいわれている。

 朴東宣はこの大事件から解放された後、米国留学中の晋三の面倒を見たのであろう。この時点で既に文鮮明のワシントン工作は進んでいた。事件にも関与していた可能性が高い。晋三と統一教会の関係は、南カルフォルニア大学時代から始まっていたかもしれない。

 

<岸信介と文鮮明・朴正熙につながる韓国右翼とのつながりは古い>

 孫の面倒を文鮮明や朴正熙の配下に頼めるという日本人は、まずもって岸と安倍家ぐらいだろう。そうそう、加計孝太郎も一緒だったかもしれない。二人の写真がネットに登場している。

 日本軍の教育を受けた朴正熙が、その後、日本侵略軍の本拠地・満州国政府に赴任した岸と出会っているとすると、敗戦後の日本と解放後の韓国で揃って政治指導者となったことに驚きを禁じ得ない。この線上に文鮮明と朴東宣がいた。

 日韓の右翼の連携は、古くこの時からである。

 この11月13日に岸田首相とユン大統領の3年ぶりの日韓首脳会談は、右翼政権同士ゆえに実現した。韓国の左翼前政権と安倍内閣の激突は嘘のようである。岸・文・朴の右翼連携は、今に継続している負の日韓関係である。

 

<「麻薬を覚えてきた晋三」「警察に捕まった」などとライバル事務所>

 現役の政治記者時代に安倍父子の事務所に一度だけ出向いた。台湾ロビーの取材のため、晋三事務所で本人と会見した。彼は台湾独立派の李登輝の仲を自慢げに語った。今の台湾は、李登輝との流れをくむ蔡英文だ。彼女の選挙に晋三は相当な支援をしたようだ。岸信夫もそうである。

 選挙区の関係で、安倍晋太郎と田中龍夫は同じ清和会だが、激しい選挙を繰り返すライバル同士だった。田中事務所に行くと、安倍父子の興味深い様子を知ることが出来た。田中事務所の中内節子は、出入りする記者の背景を調べていたらしく、安倍事務所に出入りする記者とそうではない記者を差別していた。

 バランスを欠く取材となったが、安倍事務所の様子が手に取るように分かった。これほど同一選挙区のライバル関係は、相手の情報を取ることに役立つ。むろん、事実を大きく伝えがちなので、そこは配慮が必要だろう。ただし、全くのデマとはいえない。

 

 「晋三はアメリカで麻薬を覚えてきた」「ロス市警に捕まった」などの息子の情報がいち早く入ってきた。晋三は、いずれは父親の晋太郎の後釜になることが分かっていた。「晋三の麻薬好き」は、祖父の満洲アヘン利権と比べようがないが、遺伝子を考えると合点するほかなかった。

 「勉強嫌いで家庭教師から物差しで頭を何度もたたかれていた」というたぐいは、家庭教師の平沢勝栄のところから漏れ出した秘密に違いなかった。

 中内節子は、田中龍夫の後継者・河村建夫の金庫番も務めるほどで、彼女に代議士の川村も頭が上がらなかった。森喜朗でさえも、彼女に一目を置かざるを得なかった。秘書の格は、議員の格に比例する。清和会内で田中は福田赳夫の側近として、大きなお腹を押しながら議事堂を歩き回っていた。

 

<安倍と統一教会の危険な仲を解明する歴史的使命が政府自民党>

 岸田文雄は意外と人がいい。馬力が弱い。他人に引きずられやすい。政治家としての信念がない。親類の宮澤喜一は英語の達人というよりも、護憲リベラルの強固な信念の政治家だった。

 中曽根後継に駒を進めるや、いの一番、自己の信念の発露ともいえる日本国憲法の平和主義を、公然と口にした。「核の時代はそれ故に戦争が出来なくなった。したがって戦争放棄を謡った9条憲法は、生き生きと光輝を放ってきた!」と。どうだろうか、核武装に突き進む安倍や麻生などの思考とは違う。安倍は、単細胞の幼児のようで、財閥に媚び、それ故に世論にうろたえる様子が目に見える。

 岸田には宮澤のような強い信念がない。統一教会とその仲間たちは、いま倒閣運動を密かに始めている。安倍の配下や御用記者も動員している様子が、突然、目に飛び込んできた。

 日本を駄目にした清和会と統一教会は、今も生きて日本人を食い物にしようとしている。負けられるか!

2022年11月20日記(政治評論家)

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