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2022年6月28日 (火)

夢と現実<本澤二郎の「日本の風景」(4488)

夢と現実<本澤二郎の「日本の風景」(4488)

<「何か楽しいことが」に夢枕に小泉進次郎が立つ?>

 毎日悲しい記事を書くのも辛い。友人も「何か楽しいことがないものだろうか」

と本気で声をかけてくる。確かにそうだ、いいネタはないものかと考えながら横になった。驚いた、会ったこともない小泉純一郎の息子・政治後継者の進次郎が、枕元に立っているではないか。

 さっそく自己紹介を始めた。「君のお父さんの結婚式に出たよ。福田赳夫さんが仲人だった。その時の引き出物が時計だった。それが今も動いている」と事実を息子に伝えてあげた。

 進次郎のその時の驚きの様子が面白かった。

 

<「純ちゃんの結婚式に出た」「引き出物の時計が今も動いている>

 進次郎の歳を知らないが、彼は政治の世界に飛び込んでいる。確か関東学院というところで学んだと聞いている。安倍晋三と同じく勉強が嫌いなのだ。しかし、政治屋は務まる。自民党の物差しで測定すると、60点ということだろう。

 アメリカでの僅かな生活が、永田町では優位というお国柄だ。新聞テレビがはやし立てた途端に、彼は有名人になってしまった。

 彼の結婚式を知らないし、全く興味などなかったが、彼もまた父親の結婚式を知らない。そして母親が小泉家から飛び出してしまい、父子家庭で育ったという点では、彼の人間性について問題がないわけではない。

 子供の精神に圧倒的に影響を与えるのは、母親である。今からでも遅くない。母親がいるのだから、一緒に暮らすことも出来る。

 

<「両親を復縁させなさい」「わかりました」で目が覚めた>

 「進ちゃん、両親を復縁させなさい。それが息子の責任だよ」と諭すように声をかけると、夢の中の進次郎は素直に「分かりました」と。その場面で目が覚めた。進次郎に狭すぎる自宅玄関で正確な時を告げる、引き出物の時計を見せてあげたいものだ。

 一度電池を交換しただけで、今も正確な時間を刻んでくれている。人間は片親でも育つ。大きくなるが、精神はまっすぐかどうか。今からでも遅くない。父親も十分満足するような、自由な生き方をしてきた。隣国に多大な迷惑と日本の信頼を傷つけたが。進次郎には両親の愛情が必要であろう。そうでないと、ワシントンの操り人形として人生を終えることになる。

 

<母親は泰道家出身、宏池会に所属していた三八さんは今どうしてるか>

 泰道三八というと、確か薬屋のエスエス製薬のオーナーで知られた。小泉純一郎の妻は、泰道家の身内である。生活に困窮しているわけではない。

 

 敗戦後の三重県警の責任者だった渡辺一太郎は、当局の指示だと思われるが、伊勢神宮をくまなく調べ上げた。結論をいうと、戦前の国家神道は朝鮮半島からもたらされた原始宗教だった。そのことを筆者に遺言のように明かした。渡辺さんは、その後に千葉県警本部長・同副知事・参院議員となった。泰道・エスエス製薬との出会いはこのころだ。息子が政界入りすることに力を貸した。彼は大平正芳の宏池会に籍を置いた関係で、筆者とも仲良くなった。

 彼は口には出さなかったが、小泉家から追い出されたような身内のことで、心を痛めていたようだ。彼自身、事件に巻き込まれ、逮捕収監される。警察も検察も、安倍のように忖度してくれなかった。泰道三八いまいずこ?清和会の安倍に忖度して、捜査をしない日本の検察の不正は、今も問われている。

 

<訃報 秀才・金田英行君!日本の最北端でカニ刺身の思い出>

 秋田県の秀才・金田英行君が亡くなった。学生時代は明るく自信満々だった。色白の美男子だった。北海道開発庁のエリートから、書家でも有名な村上北海の後継者となって政界に飛び込んだ。村上の関係で清和会に入ったことが、その後の人生に暗い影を落としたかもしれない。

 清和会の後継者となった北海道出身の町村信孝は、総裁選で安倍の横やりに突き落とされてしまった。他方、安倍晋太郎嫌いの福田赳夫は、晋太郎の総裁選出馬に際して、大野伴睦の秘書から政界入りした北海道の実力者で知られた中川一郎も支援した。

 つまりA級戦犯の岸信介の後継者・福田は、岸の娘婿となった安倍を信用しなかった。嫌いだった。一口に清和会といっても、岸と福田の確執がすごい。北海道という選挙地盤には、魚の関係で旧ソ連、現在のロシアとの関係が深く、そこを日ごろから公安調査庁が目を光らせている。

 中川父子の自殺も記憶に新しい。中川一郎が「星影のワルツ」を歌った直後に首吊り自殺したが、直前の国会近くの事務所での彼の一言を忘れられない。「政界は政友ばかり、心友はいない」と。与野党に通じるだろう。モスクワを愛した宏池会の阿部文男は、岸の別動隊の青嵐会(森喜朗・石原慎太郎ら)を向こうに回して、大平擁護の急先鋒だった。だが、妙な事件で失脚させられた。余談だが、義母・廣岡キヨノの身内の福島出身の正木清は、北海道から社会党代議士となり、衆院副議長まで昇りつめた。現役時代は東京・大田区下丸子の廣岡宅2階に下宿した。妻の眞知子いわく「正木のおじさんは、よく朝日新聞を含めて日本に記者(汽車)はない。トロッコばかりだ、とよく口にしていた」と。ジャーナリスト不在は昔からだった。

 

 ところで、金田君に一度だけ講演を頼まれた。北海道最北端で、というので、喜んで応じた。うれしかったのは、初めてカニの刺身を腹いっぱい食べたことだった。いまロシア船から買えなくなってしまった。地元は大変だろう。戦争はいかなる事由も、理由にならない。27回もプーチンと宴会談義をした安倍晋三の正体が、モスクワから露見するだろう。

 

<白門研究会の曽我部浩君、出世頭・高野利雄君は名古屋高検検事長>

 中央大学法学部には、司法試験向けの研究会がいくつもある。お茶の水から八王子に移転して以来、成績は大きく落ち込んでいると聞く。苦学生がいなくなって、学生の質が低下したとの声も。

 金田英行君との出会いは、白門会だった。努力家の高野利雄君は、いつも研究室にもぐって六法全書と向き合っていた。他方、曽我部浩君はいつもニコニコしながら、ものしずかでのんびりしていたので、家庭教師で生活費を稼いでいた筆者と馬が合った。この白門会は、他の研究室と異なり、全寮制だった。

 施設は松戸市の江戸川沿いの遊郭を買収したもので、そこに学生を住まわせて、司法試験と公認会計士試験の勉強をしていた。うぶな人間は「遊郭」の意味が分からなかった。6畳か8畳の部屋に学生2人を同居させ、そこから廊下伝いに薄暗い研究室へと移動し、思い思い分厚い法律書とにらめっこするのである。

 今考えると、こうしたことは生まれつき性分に合わないし、それよりも松戸駅から電車に揺られて御茶ノ水の大学の机に向かったり、夕刻の家庭教師の方がお似合いだった。1日10時間も机にかじりついて、無意味?な法律用語を丸暗記する?そうして手にした資格ある人間の価値とはなにか。およそ人間性を育むことなど無縁に違いない。

 法律家に欠陥人間が多いという指摘は、本当であろう。いま年間1500人もの合格者を出していると聞いた。仕事がない弁護士は、勢い検事や判事になるのだが、その門はひどく狭い。失業する弁護士は少なくない。やくざに雇われる弁護士も生まれる。

 どうでもいいことではないが、いい法律家はいない、見つけるのが大変だ。

 金田英行君はまずまずの人生だったのかもしれないが、清和会ではどうだったろうか?離婚したと聞いたが、その後はどうか。喪主は弟の公認会計士の英成君。妻を亡くして一人ぼっちの人生だったのか。晩年は誰もが通る道なのか。

 曽我部君の結婚式に呼ばれた。彼の父親は神奈川県を代表する精神科医だった。息子は精神病院の理事長を長く務めたであろう。今どうしているか。結婚式では、同窓生代表として「大平さんのように銅像似のべーちゃん」と披露した。人生は多かれ少なかれ波乱万丈だ。筆者だけではあるまい。

2022年6月28日記(東芝製品・サントリー・トヨタ不買運動の会代表・政治評論家・日本記者クラブ会員)

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