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2022年7月 1日 (金)

日本買いの東芝新体制<本澤二郎の「日本の風景」(4491)

日本買いの東芝新体制<本澤二郎の「日本の風景」(4491)

<物言う社外取締役に問う!反省と謝罪のない経営は企業失格>

 後世の史家は「21世紀人類の衰退は、みんなで渡れば怖くないを地で行く2022年6月30日のNATO首脳会議」と書くかもしれない。新冷戦時代の本格的幕開けである。コロナ・円激安により、日本買いの先頭を走る原発・軍需産業の三井住友財閥の東芝といえるかもしれない。

 

 人並に社会的責任を吹聴してきた東芝は、過去に経団連の会長を擁したが、いまやその面影はない。昨日は「外資ファンドの社外取り締まりを受け入れた」と一斉に報じられた。東芝被害者は、人の命に向き合えない、反省と謝罪を忘れた営利至上主義に反吐が出る。

 日本沈没の扇動・先導役を任じている。違うだろうか。

 

<医療事故死(2010年4月7日)から逃げるだけの東芝経営陣12年>

 昨日も70代の関西出身の田村明子さんが「今も幼い1歳の息子を医療事故で亡くしたことが、悔やまれて仕方ない」と打ち明けた。筆者は311の前年、2010年4月7日に次男・正文を東京・品川区の東芝病院で亡くした。よく理解できる。

 医療事故死は統計学的に算出すると、年間4万人にのぼる。大半が泣き寝入りだ。ほとんどが反省も謝罪もしない医師と病院である。その典型が東芝だった。仕方なく警視庁に刑事告訴したが、永田町と霞が関に網を張る東芝は、その持てる政治力を駆使して検察の頭を抑え込んで不起訴にした。遺族の怒りは頂点に達した。東芝はそそくさと東芝病院を手放したが、買い手からの資金は届いていない。

 

<浮かばれない次男・正文の東芝製品不買運動は続く>

 正文の怨念なのだろうか。翌2011年3月11日の東北から首都圏を襲った巨大地震が、東電フクシマ原発を破壊した。3号機の東芝製原子炉が核爆発を起こしたが、12年も経過しながら、全く反省も謝罪もしていない。

 およそ企業らしい企業ではない。経営陣の無能無責任・法令違反は当たり前の悪徳企業なのだ。空前絶後の粉飾決算で失墜して当然だった。その政治力で「粉飾」という文字を使わせなかったが、世界は粉飾と記録した。

 仏教が説く因果応報は本当かもしれない。いまでは世界に手が届く日本企業は、ほぼ存在しない。東芝の先導に、他の日本企業も追随している?特にアベノミクスの時代から、日本沈没は極端に進行している。

 

<企業倫理喪失の東芝に再生の機会は生まれない=因果応報>

 昨日の新聞報道によると、それは「経営の混乱が続く東芝の進路を決める新たな取締役体制が28日、定時株主総会で決まった。新取締役会は、社外から募集した株式非上場化を含む経営再建案10件の絞り込みという重要な役割を担う 」と。株主からは「外資ファンドを悪く言う人は根本を見損なっている。「誰がこういう状態にしたのか?」ですね。外資ではないですね。「旧東芝経営陣」が違法行為(粉飾)ととんでもない投資失敗(1兆円)を出して実質破綻させたからです。全て日本人経営者が東芝を「ズタズタ」にしたんですよ」。

 2010年から我が家の東芝製の洗濯機・冷蔵庫・パソコン・クーラーが次々と消えていった。消費者を軽視する、人間の命を軽視する東芝は、フクシマでの原発作業員に対する対応のひどさも露見した。

 新たに選任された東芝経営陣に問いたい。その顔ぶれを列挙しよう。消費者や株主に向き合える人々か。それともカネ亡者ばかりなのか。

 

<島田太郎・柳瀬悟郎・ポールブロフ・ワイズマン広田綾子・ジュリーブラック・

橋本勝則・渡辺章博・望月幹夫・宇沢亜弓・今井栄次郎・ナビールパンジー>

 以上の顔ぶれから、何かを得ることが出来るのかどうか。人間性のある人物がいるのかどうか。遺族の怒りに応えよ、である。

 実は、退任した綿貫真理子は元名古屋高裁長官という。法律の専門家である。おかしい、なぜ人の命に向き合おうとしなかったのか。東芝製3号機による核爆発で多くの市民が亡くなっているはずなのに。

 次男は東芝病院で当たり前の看護を受けられず、痰がのどに詰まっての窒息死だった。主治医は遺族の面会を拒否したし、担当看護師に会えるよう懇願したが、病院長は拒絶した。悪魔の人間性であろう。

 後ろめたい人は逃げる。安倍晋三と似ている。東芝の逃げ切りは許さない。それは安倍にもいえる。参院選後に官邸が主導権を握ると、もはや安倍も岸信夫も逃げ切りは無理だ。

 

 1歳の息子を亡くした田村さんは、いまも悔やんで泣いている。悔いを残す人生は、酷のようだが本人が自立しないためだ。

 

<日本財閥は神道資本主義=消費者を見下す官僚社会主義欠陥体質>

 「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」とは、ドイツのマックスウェバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に相当するのであろう。日本の原始のお祓い宗教の神道資本主義は、人間性が欠落した、もはや21世紀に通用しないしろもので、お払い箱の時であろう。

2022年7月1日記(東芝製品不買運動の会代表・政治評論家・日本記者クラブ会員)

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