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2022年6月12日 (日)

乱の時代(その2)<本澤二郎の「日本の風景」(4472)

乱の時代(その2)<本澤二郎の「日本の風景」(4472)

<小選挙区制と共に消えた革新の日本社会党>


1955年体制は何だったのか。再軍備・軍国主義復活という日本国憲法に敵対する、自民党内に巣食うA級戦犯の岸信介らの暴政を食い止める革新の日本社会党に善良な国民は期待した!国民生活にも目を向けた革新政党は、今は存在しない。

 

 欧米の学者の中には、日本はとうの昔に軍国主義が復活した、との政治分析も少なくない。かつて日本の軍国主義に痛めつけられた朝鮮半島や大陸の人たちは、したがって日本警戒論が消えることはない。そう、戦後77年経っても東アジアの人々の心を癒す日本ではない。そのことさえ理解できない日本人が増えてきている。正に危機なのだ。

 

 現にそうした危ない政治潮流が、太平洋の荒波のように盛り上がっている。朝鮮戦争やベトナム戦争の時は、経済的暴利に終始していた財閥だったが、軍国主義化した現在、彼方のヨーロッパのロシア・ウクライナ戦争に対しても、軍事的な役割を担おうとしている。否既に担っている。昨日は日本とシンガポールの首脳が、軍事面での深化という表現で、反中国・反北朝鮮の危険すぎる対応を示し、ワシントンの死の商人を狂喜させている。

 

 もし、社会党が健在であれば、憲法違反の日本外交・防衛政策を、断固として拒絶していたであろう。「乱の時代」とは、暴走する神道・自民党と創価学会・公明党を主軸にした、戦後最大のカルト教団の反乱とも分析可能であろう。どうしてか、小選挙区制と共に社会党は解党し、日本列島から革新の火が消えてしまったからである。

 

<村山富市内閣=一将功なりて万骨枯る>

 総評の主力労働組合の日教組から政界に転じた村山富市は、いま故郷で何を書き残しているのであろうか。最後の社会党委員長として、あるいは最後の社会党首相として、55年体制を総括しているのであろうか。

 「若者を二度と戦場に送るな」と合唱して政治運動に飛び込んだ自分史を、どう総括しているのであろうか。いえることは「一将功なりて万骨枯る」であろう。胸を張れる状況ではないはずだ。

 

 大衆は盲目である。無責任である。歴史を学んでいないと、時の新聞テレビや公共放送に踊らされ、舞い上がってしまう。その先陣を切っているのがジャーナリズムなのだから、誰もが群集心理よろしく「ウクライナがかわいそうだ」と単純に思い込み、なけなしの財布を開けて寄付までする。日本政府が軍事品をウクライナに支援する憲法違反に抵抗しない。

 

 そのはずだ。今の日本人は歴史を学んでいない。近現代史を知らない。歴史の教訓がなんであるかさえ知らない。第一、憲法さえも知らないのだから。目下、日米の死の商人を狂喜させている!武器弾薬株の暴騰さえ気付いていない。

 

 「おかしい。断固として反対する。予算を成立させない」という革新の火は、国会や地方議会からも消えてしまっている。官邸の主の重大な犯罪を目の前にしても、警察・検察は沈黙している。税金泥棒だ。それを批判しない日本の言論の自由度は、世界で71番目。

 

 思えば、政治改革という小選挙区制導入革命に押し切られた当時の内閣は、現岸田文雄首相の恩師のような宏池会の宮澤喜一。護憲リベラルの人だった。これに盾突く小沢一郎ら右翼議員や東大教授の佐々木毅らの民間臨調が踊りまくった。新聞テレビのボスは、読売新聞の小林与三次らだった。原発推進に続く改憲新聞を吹聴した極右メディアに、朝日や毎日など大手の新聞テレビさえも舞い上がって、護憲の宮澤内閣を打倒し、自民党・社会党・さきがけ三党の細川護熙内閣を誕生させ、とうとう小選挙区制を強行した。

 当時の自民党総裁は河野洋平、衆院議長は社会党の土井たか子だった。

 政府も民間も挙げて、岸信介が実現できなかった改憲軍拡・戦争国家復活のための小選挙区制を実現した。ブラックユーモアそのものである。正しくは小選挙区制比例代表並立制。世紀の悪法である。平和憲法を敵視する体制の誕生だった。

 

 筆者一人「小選挙区制は腐敗を生む」(エール出版)で抵抗した。読売新聞の多田実は評価した。彼は渡辺恒雄の先輩政治部長で、硫黄島玉砕の生き残りの学徒出陣兵でもあった。

 

<言論界総出で岸革命実現=気が付くと反共産党の翼賛体制>

 民意の反映しない小選挙区制の導入は1994年で、2年後から適用されている。村山内閣が総辞職したのは、1996年1月。1989年の第8次選挙制度審議会の会長が小林で、27委員のうち11人が大手マスコミの幹部だった。

 愚かな日本人は、大衆だけではなかった。財閥と戦争神社・神道カルトが言論界・学界を躍らせた結果だと見たい。A級戦犯・岸信介の野望実現に狂奔、護憲リベラルの宮澤内閣は崩壊した。その後に社会党の一輪咲きで、革新は消滅した。

 野党分断の自民党カルトと公明党カルトの戦略と、背後の米CIA工作のもとで、選挙の投開票自動装置「ムサシ」も作動している。

 

 敗戦の1945年に社会大衆党を中心に、労働組合の自治労・日教組などの官公労、そして民間労組も加わった総評を地盤とした革新政党も、日本財閥とCIA工作に呑み込まれ、その結果、共産党を排除するという策略は、今も変わっていない。野党分断に日本共産党までもが乗ってしまった、と総括できるだろう。

 

 それがこの7月参院選でも踏襲される?野党一本化が不可欠だが、それが出来ない。自公カルト体制に維新と国民民主党までがぶら下がる現状のもとでは、この国の暗澹たる先行きが見えてくる。原子力ムラ・死の商人に魅入られてしまった日本なのだ。

2022年6月12日記(東芝製品・サントリー・トヨタ不買運動の会代表・政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

(追記)梅雨空に人の心も湿っぽい!庭先のもぎ終わった梅の木から、それでも取り残した梅がぼたぼた落下してくる。「間もなく自公体制が強化されると、この国は100%亡びるだろう」と誰もが心配している。故郷房総半島の水源地に放射能が埋設されているが、新聞テレビも自民党から共産党までソッポ。YouTubeで動画を作成する奉仕団はいないか。連絡してほしい。

 

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