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2021年4月15日 (木)

ガンジー主義に展望<本澤二郎の「日本の風景」(4055)

ガンジー主義に展望<本澤二郎の「日本の風景」(4055)

<米軍基地問題にケリをつける時、沖縄から抵抗運動本格化>

 日本国民が、日本国民のことについて「分からない」「不思議な国民」と自嘲気味に語り合う現在である。日本は独立国であるが、実際は全くそうではない。霞が関・平河町どころか司法までが、二本足で立とうとしない。国内に外国の軍隊が駐留していて、そこで強姦事件が多発しているのに、我関せずの日本国民が多数派なのである。

 

 こんなひどい国がほかにあるだろうか。貧困時代というのに、それでもゆでガエルに満足してしまっているのであろうか。優雅な市民は、沖縄観光に出かけるが、米軍基地となって70余年の沖縄に見向きもしない。それは民意を代表するはずの地方議員や言論人も、である。「ヤンキーゴーホーム」は遠い歴史の彼方に消えてしまっている。

 

 かくして民意が反映する民主主義が形骸化して、国力も落ち込んで、前途は暗く、なすすべがない。表向きは、まさにそうであるが、実際は違う。いまも辺野古基地建設強行に、沖縄の勇気ある人びとは抵抗している。知恵ある老人として、彼らに伝えたいことがある。ガンジー主義に展望があると。非暴力抵抗運動の本格化である。ミャンマーの闘争にも当てはまるだろう。

 

 「目には目を歯には歯を」の闘争は、21世紀には不適である。非暴力抵抗運動が正しい。ガンジー主義を研究し、それを実践することで、沖縄を平和の基地に、希望の島に衣替えすることが出来るだろう。暴力でもって市民が決起するのは、前世紀のことである。ガンジー主義で米軍を沖縄から追放する国民運動が、いま求められている。日本が、アメリカからの属国から脱却する唯一の道であろう。

 

 不服従運動が、通用する現代である。ゆでガエル戦法は、敗北を意味する。

 

<辺野古は直ちに中止=普天間を嘉手納に移転すれば済む>

 地方政府や建設業者を、必死で説得する運動はどうだろうか。辺野古の基地建設にブレーキをかけるのである。仕事を失う業者には、国や県の税金で多少の支援をすることで、基地建設から手を引かせる運動もいい。

 

 米軍基地の生活環境に対しても、法律の範囲内での不服従の抵抗運動も可能ではないか。「ここは不便」にさせる運動である。

 

 こんな経験をしたことがある。永田町での加藤の乱を記憶しているはずだが、この加藤の戦いは、大平正芳の秘蔵っ子として、原始の神の国信仰にかぶれている森喜朗首相の不適格に対して、公然と決起したものである。今時の神道・清和会政治を許せずに、リベラリストの信条を爆発させたものだが、これを抑え込んだのが、野中広務や中曾根康弘だった。

 

 そのころ、筆者は偶然のことだったが、米カジノの基地であるラスベガスにいた。ギャンブルに全く興味がないため、ホテル内のサウナに飛び込んで汗を流していた。そこに腕などに入れ墨をした、米海兵隊員数人が入ってきた。聞くと沖縄からだという。「沖縄はすばらしい」と彼らは絶賛した。さすがに「女性も」とは言わなかったが、沖縄が人殺しを任務とする海兵隊員を満足させる最高の場所を、日本政府が提供していたのである。

 

 日米安保に怒りを覚えた。日米軍事同盟という言葉は、鈴木善幸内閣の外相が口走ったのが最初である。リベラリストの首相は、即座に外相を更迭した。軍事同盟の用語を一般化させた国家主義者は、中曽根からである。当時の自民党はリベラルが幅を利かせていて、福田赳夫というよりも、岸信介の清和会が跋扈する舞台は存在しなかった。

 

 言論界で、戦前の国家主義政府に肩入れした人物は、読売の渡邉恒雄である。左翼から右翼に転向した、平和軍縮派の宇都宮徳馬を裏切った、言論界最低の人物で知られる。今では、彼の蓄財に興味が集まっている。

 

 目下の辺野古は、日米政府の肝入りで始めたものの、地盤が軟弱過ぎて飛行場として不適であることが判明した。ワシントンの興味は薄れて、まず10年以上かけても実現しないことも判明した。そこで次善の策として、既に利用されている米軍嘉手納基地に移転させればいい。ゴルフ場もある広大な空軍基地を利用すれば、普天間問題は即ケリをつけることが出来る。沖縄県の最優先課題であろう。玉城知事の課題だ。

 

<米海兵隊はグァムに、沖縄駐留は根拠ないから追放へ>

 沖縄の基地の価値はもはや中長距離ミサイルの今日、著しく激減した。米要人救済目的の海兵隊は、既に南太平洋のグァムに移転している。

 

 残る海兵隊もすべて、グァムに追放すれば、女性も安心できる沖縄は、随分と明るくなるだろう。普天間問題を解決して、残る米軍基地もガンジー主義で追い立てるのである。ここは民族の知恵である。沖縄を平和の島にする時が、今なのだ。強く訴えようと思う。

 嘉手納を市民の憩いの場所にすれば、内外の観光客で膨れ上がるだろう。自立できる沖縄である。

 

 神道・清和会政治打倒を、次期総選挙の天王山にすればいい。問題は、枝野の無能を解決しなければならないだろうが。

 

<沖縄を平和の島にすることがアジアの平和と安定に不可欠>

 多くの国民の悲願は、安倍・清和会・日本会議が、公明党創価学会を巻き込んだ、憲法違反の戦争三法とカジノ法を廃止することに尽きる。7月都議選で公明党創価学会を衰退させれば、自民の3分の2議席確保は不可能となり、必然的に不正と腐敗の政党は、自滅する運命にある。

 

 沖縄が覚醒すれば、日本は変わる。神道・日本会議の戦前回帰を止めることが出来る。民主主義が機能する日本に再生可能である。アジアに立つ日本も実現するだろう。

 

 東電福島の、東芝製核爆発による汚染水の海洋投棄も阻止できるだろう。次期都議選と次期総選挙の成り行き如何では、非暴力不服従抵抗運動の速度を速めることになろう。この二つの選挙戦の行方は、アジア諸国民の運命とも連動していることになるのである。

2021年4月15日記(東芝不買運動の会代表・政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

(時事)日米両政府が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の全面返還で合意してから、12日で25年がたった。5~7年以内に返還するとの内容だったが、代替施設を名護市辺野古に建設する現行計画が決まるまでに10年を要し、迷走を経て着工したものの、返還の実現はなお見通せない。「辺野古ありき」の政府の姿勢に県民の反発は強く、移設問題は国と沖縄の分断の象徴と化した。普天間飛行場の移設先とされた名護市辺野古の埋め立て区域では、12日も工事が続けられた。加藤勝信官房長官は同日の記者会見で「辺野古移設が唯一の解決策だ。着実に工事を進めることこそが、普天間の一日も早い全面返還、危険性除去につながる」と強調した。

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