« 国家主義の爪<本澤二郎の「日本の風景」(3866) | トップページ | 愚民政治大噴火<本澤二郎の「日本の風景」(3868) »

2020年10月 7日 (水)

強権主義<本澤二郎の「日本の風景」(3867)

強権主義<本澤二郎の「日本の風景」(3867)

<安倍レベルの菅・自公の「学問の自由」に対する政治介入深刻!>

 日本学術会議の公正な実績というと、それは二つある。「戦争目的の科学研究に絶対不服従」の声明と「軍事目的の科学研究NO」の声明である。いずれも日本国憲法の平和主義に則った対応で、国際的に高く評価されている。政府もこれを容認してきた。

 

 学問が、政治に振り回されるという国や社会は、決して健全とは言えない。日本は、憲法9条が極右政権に蹂躙されているものの、学問の自由は概ね良好だった。学問の自由は、その成果を公表する「言論の自由」と連動する。今は

後者の点で新聞テレビは委縮して、政権の批判が著しく弱体化、国際社会からも懸念されている。

 

 

 今回の菅・自公・日本会議の政府は、新たに学問の自由を謳歌してきた日本学術会議の人事に、公然と政治介入してきたものである。強権主義の恐怖を、日本国民のすべてに及ぼしている。恐ろしい窒息するような日本政治であろうか。国民は強く反発しているが、当然のことである。右翼的言論に振り回されてはなるまい。

 

 

<批判を許さない力でねじ伏せる国家主義の恐怖>

 政府の憲法違反に反対することは、民主主義の国では、当たり前、正当な主権者の権利行使であり、社会の健全性の証である。

 

 正当な権利行使に対しても、それを容認しない政府は、国家主義・全体主義そのもので、戦前の政治体制化を意味する。右翼言論人は、それでも政府・菅暴政を支援して恥じないものか。

 

 日本学術会議の二つの声明は、国民の声の反映であり、日本国憲法を順守する立場でもあって、非の打ち所がない完璧なものだ。したがって日本の誇りともなっている。そこから学問の自由を裏付けていて、その先にノーベル賞を受賞する原動力ともなっている。

 

 そこに自公内閣は、批判を許さないというメッセージを出したことになる。批判者を力でねじ伏せるという、民主主義に真っ向から敵対する姿勢を打ち出して、国民を混乱に貶めているのだが、本当の狙いは安倍事件隠しの実行部隊の当事者であった自身への追及回避にあると見たい。

 

<安倍事件隠しの高等戦術という指摘も浮上>

 組織も団体も、問題を抱えると、そこから逃げ出す方法として、新たな課題をぶち上げて、人々の目をそらそうとする。

 日本学術会議の人事介入は、その一つであろうとの指摘が、巷に巻き起こっている。

 

 いうまでもなく、安倍事件は菅事件である。国民誰しもが、そう信じている。野党が健全であれば、真っ先に安倍ー菅事件追及に専念する今である。

 

 どうだろう、国民の重大な関心事であるモリカケ・TBS強姦魔事件・桜事件・河井1・5億事件・カジノ汚職などの、いうなれば安倍事件と菅事件を、まんまとやり過ごそうという、悪辣な手口なのであろう?

 

 まともな野党であれば、直ちに臨時国会を開かせて、これらの事件追及チームを編成、真実を国民の前に明らかにする場面であろう。どうだろうか。

 

 

<戦争三法は憲法に違反する暴政の最たるもの>

 今回の日本学術会議推薦委員排除事件は、いうなれば憲法違反の戦争三法に、学者の良心の発露としての批判をしたことに対する弾圧・嫌がらせそのものである。

 

 戦争三法は、安倍ー菅ー二階自民党ー公明党創価学会によって、強行された悪法の悪法である。健全な政府が誕生すれば、廃止される悪法である。

 

 安倍暴政に抵抗した学者を排除する今回の菅手口と、その背景を国民はしっかりと理解して、対応することが望ましい。健全な野党と健全な言論で、菅暴政を止めるしかない。

 

 強権主義は、国家主義そのものである。

 

 

<田中角栄の改憲論に水をかけた大平正芳>

 過去にこんな事例があった。田中角栄内閣の時である。田中は党内の岸―福田派の不満をかわそうとして、突然、改憲論をぶち上げた。

 しかし、しばらくすると、この政治騒動は収まった。田中の盟友である大平正芳が、強権主義に水をかけたためである。

 彼は「橋を通過するための車の荷物(改憲)が重すぎて、とても渡ることは無理だ」と公言した。その心は「国民も反対している。野党も。不可能である」と盟友を諭して、田中改憲論はしぼんで、強権主義も消えてしまった。

 

 強権主義は、自民党内でも嫌われた手段である。右傾化した国民でも、強権主義について反対である。

 

 

<岸田・宏池会と石破派の対応を知りたい!>

 ここで岸田文雄と石橋茂に聞きたい。

 今回の事案について、どう認識しているのか。菅の判断と同じなのかどうか。

 

 菅と安倍に排除された仲間として、水面下で沈黙しているのは、次期リーダーとしては失格の烙印を押されるだけである。堂々と持論を披瀝することが、いま強く求められている。

 

 このことについて公明党創価学会執行部の見解も聞きたいところである。とりわけ昨年7月の参院選のポスターで、教育の公約を掲げていたわけだから、すっきりした見解の表明が不可欠であろう。ともあれ強権主義の政治手法は、憲法が命じているわけではない。

 

 強権主義反対を表明したい。

2020年10月7日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

« 国家主義の爪<本澤二郎の「日本の風景」(3866) | トップページ | 愚民政治大噴火<本澤二郎の「日本の風景」(3868) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 国家主義の爪<本澤二郎の「日本の風景」(3866) | トップページ | 愚民政治大噴火<本澤二郎の「日本の風景」(3868) »

2022年6月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ