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2020年9月30日 (水)

中曽根・血税2億円葬儀の愚<本澤二郎の「日本の風景」(3860)

中曽根・血税2億円葬儀の愚<本澤二郎の「日本の風景」(3860)

<原発推進・ロ疑獄事件の巨悪・反省謝罪なしに資格なし!>

 この世は、富者・悪人が権力を握り、人民を絞り上げるという構図が、常に付きまとっている。格差社会・差別社会が、民主主義の下でも公然と繰り広げられている。正論は、ネットの世界でさえも押しつぶされて、人々の目に触れられない。その悪役の先頭を切っているのが、電通と断じることが出来るだろう。

 

 そこで、今話題の大勲位・中曽根康弘の葬儀に触れたい。政府と自民党が2億円もの巨費をかけて合同葬儀をするという、悪辣な血税乱費のことである。自民幹事長の二階俊博は、田中角栄の恩義さえも忘却して「当然だ」と傲慢無礼な態度を貫いて恥じない。

 

 311の東電原発大惨事も、元をただせば中曽根主導の原発・核推進政策に遠因がある。この時でも、中曽根は反省しなかった。安倍・自公内閣は、原発再稼働を国民に押し付けて、現在も民意に反したままだ。

 

 戦後最大の疑獄事件というと、国民誰しもがロッキード事件を想起するが、巨悪は右翼の親玉である児玉誉士夫と、彼とつるんでいた中曽根康弘で、そこに投入された21億円である。

 

 このような巨悪に、財政難と大不況とコロナ禍の三重苦にあえぐ危機的状況下で、国民の反発は強まっている。新聞テレビが評論しないため、あえて論評を加えなければなるまい。 

 

<右翼の親玉の靴磨きから武器利権でのし上がった売国奴>

 戦後最強の右翼の親玉は、戦前、上海などで暗躍、財宝などを収奪、敗戦直前に東京に持ち帰った児玉誉士夫である。彼は岸信介と共にCIA協力者となって、岸内閣を誕生させ、内閣の裏方として軍事利権に、岸と共に手を出して暴利を稼いだ。その後は、戦争屋と皮肉られた国家主義者の中曽根を操作しながら、ついには中曽根内閣誕生の捨て石となった。

 

 中曽根は、岸の手口を学んだのであろう、児玉を「先生」と呼んで敬愛する一方、木下藤吉郎をまねて、児玉の靴磨きまでした。中曽根と同世代の中馬辰猪の証言である。ついでに言うと、現在の自民党国対委員長の森山は、中馬の秘書だった。本人は「農協の職員」とも打ち明けている。

 

 海軍主計中尉だったという中曽根の自慢話は、何度も聞かされたが、インドネシアでの現地の女性を拘束して、兵士の慰安所を作って喜ばれた、という話題は、残念ながら聞けなかった。

 「天皇の軍隊」経験者は、原発利用の核兵器にこだわってか原発54基に汗をかく。発電所の建屋は、親類先の「鹿島建設」に発注させての原発利権アサリと、そして防衛族として武器弾薬の国産化にも執念を見せていた。

 

 潜水艦を察知するための対潜哨戒機PCの国産化を、中曽根はとことん固執、自民党内の防衛族を主導していた。これを食い止めるためのロッキード社の秘密工作資金21億円だった。したがって、これの発覚は、当時三木内閣の自民党幹事長の中曽根にとって、彼の人生最大の危機となった。だが、政府の意向を受けた東京地検は、5億円の民間航空機(ロ社のトライスター)汚職に矮小化して逃げた。いうところの国策捜査で、児玉と中曽根は救われた。悪運の強さは、政界随一といえる。

 

 中曽根を児玉に紹介した人物が、ナベツネである。当人が自慢げに本で紹介している。同じ右翼の笹川良一は、競艇ギャンブル利権で蓄財、反中曽根の福田・清和会に潜り込んでいた。

 

 

<ロッキード社の日本工作21億円は中曽根P3C国産化阻止>

 当時、三木内閣の福田赳夫副総理の秘書をしていた中原義正の、官邸内からの証言でも、ロ事件の本丸は中曽根・児玉だと断定している。「21億円の大半が中曽根に流れた」とも。

 21億円の賄賂資金は、そのためのものだった。当時、防衛庁長官をしていた山下元利からも、ほぼ同様の指摘を受けていた。

 

 ニクソン大統領と田中の日米首脳会談でも、ロ社の工作は執拗を極めていたようだ。軍事利権について関係したことがなかった田中は、児玉への21億円が、中曽根工作であることを認識、そのことを田中六助経由で、盟友の大平正芳に伝えていた。

 

 筆者は、直接六助から聞かされていた。案の定、中曽根内閣で六助は自民党幹事長に就任した。口封じである。中曽根にとってロ社のP3Cは、眠れない重大問題だったことになる。

 

<田中角栄5億円は三木内閣法務検察の国策捜査>

 田中への5億円は、丸紅経由で秘書に渡った。トライスターを全日空に売り込んでくれた謝礼だった、と検察は認知した。

 

 ロ社のトライスターのライバルは、マクドネル・ダグラス社のDC10。三井物産が攻勢をかけたが、敗れてしまった。これには裏があった。先述の中原によると、自衛隊は65機ものヘリコプターを購入している。三井物産が間に入った。

 

 このころ、ワシントンから中原に「坂田道太防衛庁長官に会わせてほしい」という連絡が入り、まもなく「レアード国防長官が来日、坂田と密会した」というのである。

 

 ワシントンの産軍複合体は、競争をしながらも、結果は双方とも利益を確実に得ていることになる。属国日本や韓国・台湾もまた、似たような事態に置かれているというのが、偽らざる実像であろう。米産軍体制のための餌は、東アジアなのだ。岸CIA路線は、安倍の7年8か月でも具体化した。日本危うしである。

 

 

<児玉秘書の太刀川を第一議員会館最上階で目撃した星島二郎縁者>

 児玉と中曽根の子弟の関係は、児玉の秘書か書生なのか、太刀川という人物を介して裏付けられている。

 

 神戸外語大学で英語を学んだ中原は、卒業すると、自民党本部職員になろうと決心、縁続きの衆院議長経験者の星島二郎の門をたたいた。試験が始まる前に星島の国会議員会館の事務所に出向いた。そこは第一議員会館西端最上階の7階にあった。

 

 一番の西奥が大野伴睦(亡くなると中川一郎)、次が星島、その隣が中曽根事務所だった。「星島事務所には女性秘書がいなかったため、よく中曽根事務所の女性がお茶くみの手伝いをしてくれていた。その時に児玉の秘書の太刀川が働いていた」という。

 

 中原が自民党本部職員試験に合格して本部職員になったのは、1962年のことである。ロ事件発覚の10年ほど前だったことになる。中曽根事務所には当時の議員会館秘書は島村宜伸、まだ与謝野馨はいなかった。筆者は72年からの政治記者だったため、既に島村は国会議員になっていた。そこに太刀川はいなかった。

 

<「平成の妖怪 大勲位中曽根康弘」に中曽根言論弾圧>

 この小論を書くきっかけは拙著「平成の妖怪 大勲位中曽根康弘」(健友館)

を見た友人が「葬儀の招待状が届きましたか」という問合せによる。彼はこの本が、TBS強姦魔の安倍よいしょ本と思ったらしい。とんでもないことで、この本は中曽根の悪行をまとめたもので、亡き恩師・宇都宮徳馬さんの墓前に捧げたものである。

 

 その証拠に、この本の出版社はまもなく倒産させられた。編集長が在庫本を自宅に送ってきてくれたものだから、この本は名刺代わりに、今も活用している。産経新聞の阿部政治部長が、日本記者クラブの会見の最中、偶然隣り合わせた際、格別に「よく書けている」と誉めてくれた。以前の産経にはリベラルな記者が沢山いた。

 

 いうなれば、出版社を倒産させる行為は、言論弾圧の最たるものであろう。同時に、当時読売の多田実政治部長が、その後に二松学舎大学で教鞭をとっていた関係で、後釜に筆者をまず非常勤講師として呼んでくれていたのだが、このポストも体よく外されてしまった。

 

 中曽根の執拗な言論人攻撃によって、改めて「平成の妖怪」本の成果を証明してくれたことになる。幸い、糧道を絶たれても、わずかな年金が入るので、なんとか生きている。波乱万丈の知られざる人生もまた、楽しである。

 

 繰り返すが、国民の目線からだと、中曽根もまた安倍ほどでないにしても大金を懐に入れている。血税を投入する葬儀としては、その適格性が全くない。安倍・菅政治の体質を露呈して余りあろう。善良な日本国民は、血税投入の葬儀に中曽根NOである。

2020年9月30日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

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