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2020年4月28日 (火)

怨霊は存在する!?<本澤二郎の「日本の風景」(3668)

 

怨霊は存在する!?<本澤二郎の「日本の風景」(3668)

<「木更津レイプ殺人事件」被害者・美人栄養士の7回忌>

 恨みを抱いて死んだ霊魂を怨霊と呼ぶという。宗教無縁の人間にはわからないが、もしも、怨霊が存在するとすれば?2014年4月26日午後、やくざ浜名に強姦され、性奴隷の末、ばらしてやるぞという殺人的ドーカツに屈して、2日後の6年前の4月28日に、ドクヘリで搬送された君津中央病院で、地獄に突き落とされるという、非業の死を遂げた美人栄養士のKT子さん、彼女の怨霊は、犯人浜名某と共犯者のヘルパー吉田FUMIE、大工佐久間清の脳と心臓にまとわりついて、これからも離れないだろう。もう一人は、戦争三法を強行した太田ショウコウにも、である。今日は、悲劇のヒロインの7回忌である。行方をくらました遺族は、どう7回忌を迎えているだろうか?

 

 「毎夜うなされて安眠できない」という話はよく聞く。中国大陸で、想像を絶する、ケダモノに勝る蛮行の数々を繰り広げて、それでも生還した旧日本軍兵士の、戦後の夢想だにしない人生は、その代表例であろう。

 仏教は因果応報を説く。この悪逆非道な事件関係者は、すべて仏教者の団体を名乗る、創価学会の会員である。善良な死者の、地獄からの怨霊は、生涯まとわりついて離れないであろうから、むしろ自首・自白して刑に服すべきだろう、心からそう思う。健全な創価学会であれば、必ずそうするだろう?強姦魔は、いうまでもなく極刑しか道は残されていない。

 

<まともな人間であれば、戦争遺児の無念に腸が煮えくり返る>

 彼女は戦争遺児である。父親の顔を知らない。それでいて母と一緒に、冷たい東京湾の東側の木更津港岸壁に何度も立って、決して生きて帰ることがない父の帰りを待ち続けた。「もう暗くなったから、今日は帰ろうね。また明日お父さんを迎えに来ようね」、幼子は「おかあちゃん、もうすぐお父ちゃんは帰ってくるよ。まだ帰らないッ」と母親の袖を強く引いた。

 

 この下りを助産婦の戦争未亡人は、創価学会婦人平和委員会編の「平和への願いを込めて千葉編」(第三文明社)で、忘れようとしても忘れられない秘話を打ち明けている。岸壁の母は、舞鶴港ばかりだと思い込んできたジャーナリストは、木更津港もそうだったことに年甲斐もなく涙が出てきた。

 

 この本そのものが、池田大作の創価学会だった。しかし、彼の指揮棒が消えると、現在は戦争三法を強行した創価学会である。筆者の必死の強姦殺人取材に対して、被害者周辺の学会員からは「死に顔は人形さんのようだった。もう死んでこの世にいない。あれこれ詮索しない方が、故人と遺族のため」「相手がやくざではどうしようもない。危ないから手を出さない方がいい」「私たちは生きている組織上の関係でしかない。それ以上のことをしても仕方がない」という事実上の取材拒否に衝撃を受けてしまった。

 

 強姦・性奴隷殺人被害者の同志に対する学会員の、以上のような非人間的反応と対応を、多くの日本国民は、どう感じるだろうか。同じ反応でしかなければ、この国の法律・警察や検察・判事は不要ということになる。あまりにも非情で冷たすぎる創価学会の人間関係は、億万長者どころか、やくざや囚人にも一律10万円支給騒動にも反映されているのであろう。

 

 とぼけた手口を用いての電話に、地元の公明党市議は、共犯者のヘルパー吉田の電話番号を教えてくれたが、以来、音信不通だ。吉田の家に案内してくれるという女性は、突如として逃げてしまった。これが創価学会の意思であろう。池田が生涯かけて薫陶したはずの「人間革命」の会員はいない!

 

 戦争遺児で、美人栄養士に対して、情愛を込めて取材協力してくれる学会員は、ごくごく一部の人を除いて、とうとう現れなかったものの、筆者はそれ以前に、浜名のデーサービス「かけはし」をさんざん持ち上げることで、共犯者の吉田から数回の電話取材で、全体像をつかむことに成功した。社会部記者の感覚が戻った瞬間でもあった。

 

<非情すぎる周辺学会員の本心に心底衝撃受ける!>

 それにしても、学会員の同志的関係の薄っぺらさには、ほとほと呆れて言葉もでない。以来、彼らとの対話は無くなった。親しかった会員は「いい加減にしなさい」とブレーキをかけている始末だ。

 

 ことは重罪の頂点である殺人事件である。性凶悪殺人罪事件である。女性にとって、致命的な強姦事件である。地方の農村で「あの人はやくざの女」とうわさが飛ぶだけで、生きられない。他方で、かの伊藤詩織さんは、声を上げてTBS強姦魔と対決している。立派である。

 

 ところが、美人栄養士は突発性大動脈りゅう破裂の数日前に、友人に初めて「浜名はやくざ」と叫んだのだが、それ以前は「親切で安くしてくれる大工さんで、デーサービス・かけはしのご主人」と紹介するだけだった。

 

 突然の「やくざ」という叫びの背景に、強姦・性奴隷という重大事件に友人は、即座に反応できなかった。取材に時間がかかったが、吉田を捉まえたことで、うまく全容を掌握することが出来た。木更津署長に刑事告発状も出した。断じて、迷宮入りさせることはない。

 

 これまでは繰り返し、ペンでやくざ浜名と吉田と、さらに佐久間を俎上に載せることで、彼らの反撃を待ち構えてきたのだが、悪党は逃げ隠れするばかりである。取材の真実を裏付けてくれるばかりだ。

 

 それにしても、創価学会と会員の冷たすぎる本心を知り、腸が煮えくり返る思いである。コロナで数千人以上の医師らが、武漢に命がけの救済活動に決起した中国共産党の同志的な結びつきは、創価学会にはこれっぽちもないのだ。信濃町の崩壊を予見させている。

 

<創価学会は本当に信仰心の熱い人間の宗教集団なのか?>

 どの団体・組織にも言えることだが、創価学会に対する建設的な批判は、むしろ感謝されてしかるべきであろう。露骨な嫌がらせではない。池田路線を放棄した太田ショウコウと山口那津男の公明党批判は、為にする中傷誹謗の類ではない。支援する創価学会批判は、善良な会員がいるとすれば、建設的批判は評価に値する。

 KT子さんの太田への断罪や、続く沖縄の野原善正ら池田親衛隊の主張には、大義がある。多くの国民も評価している。信仰者以前の、人間としての当たり前すぎる叫びであるからだ。戦争三法を強行した太田ショウコウは、学会婦人部のみならず、政治評論家として非難するに値する悪党であろう。追随する山口・公明党も同罪である。

 

 現在の公明党創価学会はまともな教団、まともな政党ではない。国民が信頼できる団体では、断じてない。仏教は平和主義、殺傷を禁じている。はたまた、強姦で生きるやくざを容認しない。せめて池田路線に復帰しないと、世の中に害を与え、人々を苦しめるだけだ。信教の自由をはき違えている。

 

<人生朝露のごとし、されど大義は生き続ける!>

 この悲惨な事件の最大課題は、被害者がやくざの強姦に沈黙したことである。警察を信用しない日本の女性を裏付けている。ことほど警察は国民を守る存在から、自分のための税金泥棒に成り下がっている。

 やくざが跋扈する日本を裏付けている日本である。この年になってやくざ退治を始めようとは、政治評論家も夢にも思わなかった。やくざはどこにもいる。油断すると、誰にも襲い掛かる。戦争遺児に限らない。彼らは、泥棒猫そのものであることも理解した。

 今朝も、我が埴生の宿のベランダで泥棒猫を見つけて、追い払った。退治する方法はあるだろう。人間の世界で、しかも首相官邸に巣食う泥棒猫は、マスク一つ購入するにも、人々を驚かせている。

 

 以下に警察の世界で働いてきた方を、友人がメールを送ってきたので、貼り付けようと思う。いい警察官であっても、悪い警察官に追い込まれる内部組織の腐敗を暴いている。無知は犯罪者の共犯者になりかねない。

 

 人生は朝露のごとく虚しい、されど大義・正義は生き続ける。戦争遺児の叫びは、信濃町を崩壊させる起爆力を有している。大義は必ず勝利するだろう。沖縄どころか、列島の隅々からの叫びなのだから。

 

<腐りきった検察や警察を主権者が刑事告発する時代の到来か>

 検事総長候補に500万円賄賂疑惑がまとわりついていることを、ジャーナリストの山岡俊介が月刊タイムス5月号で書いた。泥棒猫を見つけてくれたことに、善良な国民は感謝している。

 腐りきった検事・警察員を告発する時代の到来であろう。日本国憲法を生かす時代である。美人栄養士の命を奪ったやくざ浜名を、友人は法の裁きを受けさせるまで闘い続けるだろう。警察の腐敗にもメスを入れていくことを、KT子さんの7回忌の本日、改めて誓っている。泉下の彼女に、伊藤詩織さんが勇気を与えてくれたのだ。

2020年4月28日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

http://keiseikyo.blog.jp/archives/82787828.html?utm_source=blogreaderoa

 


「警察組織が徹底した階級社会である」と言われていることは周知の通りだ。


つまり「ゴマすりが上手で階級を上げれば何でも言える」。「階級試験」。「昇進試験」。言い方はいろいろあるが同じことだ。上位階級に昇進するための警察内部の試験に合格するためには 試験問題を作る各部の幹部から試験問題の漏洩を受けることだ。幹部と仲良くならなければならない。「付け届け」や「身の回りの世話」「仲人の依頼」。いろいろと手段はある。


 


昭和50年ごろ私が前橋警察署の新前橋交番(当時は「派出所」といった。)に勤務し


ていた当時その管内に住んでいたある幹部の奥さんから聞いた話だが「家の主人が巡


査部長試験に合格した御礼に洗濯機を送った」というのだ。なんでこんな話を私が聞け


たかというと その幹部(夫)が面倒見をして巡査部長試験に合格させてやった本人が


お礼に「豚肉2キロを持ってきた」という話からだった。豚肉2キロは大変な量で「食


べきるまでに腐ってしまう。馬鹿じゃないのか。」との不満と 「あなたも私の夫が面


倒見をしてやるから お礼は洗濯機以上のものだよ・・」と教えたのだった。

 

 

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