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2020年1月28日 (火)

北京正月2,3,4日<本澤二郎の「日本の風景」(3578)

 

北京正月2、3,4日<本澤二郎の「日本の風景」(3578)

PM2・5に気分は重く>

 安倍訪中と関係などないのだが、そのころから「北京冬天」とお目にかからない。正月2日はとうとう忘れかけていたPM2・5が北京上空を覆った。風がないのだ。ということは、翌日も厳しい天候であろう。

 

 日本人も辛抱強いが、北京人もこのPM2・5という大気汚染によく耐えている。友人の医師の夫人は、車でチベットへと行くようだが、彼女の理由はPM2・5の影響かもしれない。

 またこの季節の中国の恵まれた一部の人たちは、南の海南島の別荘で過ごしているようだ。庶民はそうはいかない。やはりPM2・5を退治する中国でないと、一流の国際都市とは言えない。

 

 妻の友人が車を出してくれた。数年ぶりか高速道路を走った。車は多くない。100キロ速度が普通なのだが、あたり一面、大気汚染で気味が悪いほど灰色がかっていて、視界に入る大都市の風景は、お世辞にも誉められない。高級な建造物も汚れていて冴えない。

 

<後ろ髪を引かれる96歳になる義母との別れに涙>

 バスに乗っても危険ということで、大晦日の24日も、元日の25日も義母宅に行かなかった。そうこうするうちに妻が「すぐに帰国だ」とわめきだした。「一人でも日本に戻る」と言い出されて、もはや抵抗できなくなった。

 無理して帰国の航空便のチケットを購入したのだが、耳の遠い義母に連絡がとれない。このまま帰国したら、生きて再会する機会を失うかもしれないという恐怖が新たに。

 

 という次第で、大気汚染下の市内に車を出してもらったものの、気分は鉛のように重い。昨年11月からずっと週2回義母宅に行き、按摩(マッサージ)をしてきた。ろくろく親孝行ができなかった分、義母に両手を差し出して、彼女の両足と両手をマッサージするのだが、どういうわけか一番喜んでくれる。

 帰るときには、日本語で「ありがとう」とこぼれそうな笑顔と共に、感謝の言葉を述べてくれる。これがうれしくて訪問するのだが、そのさい日常的に介護をしている義弟が、おいしい昼食とわずかな白酒で乾杯してくれる。

 特に麺と餃子が上手だ。これも楽しみの一つにしてきたのだが。

 

 それを3月中旬まで続けることにしていたのが、武漢市で発生した感染力の強い肺炎が原因で、どうしても続けることが出来なくなってしまった。義母にどう取り繕えばいいのか、耳の遠い義母に分かりやすく説明など不可能だ。

 

 友人の車を待たせて、集合住宅4階の義母宅に妻と共に飛び込んだ。真っ先に義母の両足を取り上げた。マッサージしている間、義母の娘である妻が、耳元で大声で別れの挨拶をした。

 その瞬間、彼女はこらえきれずに慟哭、部屋を飛び出した。「もうこれで会えないかもしれない」という娘の悲壮感に、つかぬ間の按摩師も、もらい泣きしてしまった。

 

 ことし96歳になる彼女は、1950年の朝鮮志願軍として、革命の地・延安で学び、林彪の第4野戦軍で活躍した夫と、母親と幼子二人を抱えて参戦、当時、日本軍をせん滅したような米軍を迎え撃った。家族総出の朝鮮志願軍は、ほかにいないだろう。5人とも生還した。

 

<元朝鮮志願軍の英雄>

 ドン・キホーテのような乱暴すぎる志願軍は、ソ連のスターリンの強い要請があったという。毛沢東側近の第4野戦軍の林彪は参戦反対、困った毛沢東は彭徳懐を説得して志願軍は結成された。

 その数100万ともいわれているが、戦車飛行機を持たない志願軍の死者は数十万人を超えたろう。それでも38度線で、南北は休戦協定を結んだ。

 

 彼女は看護兵となって厳しい前線で、米軍の空爆に身をさらしながら、寒さで凍り付いた志願軍兵士の死体を運ぶ日々だった。金日成の朝鮮軍兵士を彼女は「飲んだくれが多かった」と打ち明けたものだ。寒さと食料も満足にない竹やり戦法である。

 当時、ソ連は兵士を出さなかった。中国の志願軍が、現在の北朝鮮を誕生させたものだろう。志願軍の歴史資料館はあるのだろうか。日本軍の蛮行を伝える歴史館は存在するが、志願軍のそれを聞かない。

 

 彼女は3年前、市バスを降りた直後、路上に倒れた。「もうだめか」と周囲の人たちに衝撃を与えたが、奇跡的に回復、ベッドから居間に介護器具を使って歩くことが出来るまでになった。彼女の夫並みに100歳まで生きてもらいたい。そう思っての介護補助だった。

 新型肺炎のためとはいえ、心は暗くつらかった。

 

 この日も「ありがとう」といつもの笑顔で見送ってくれた。後ろ髪を引かれる思いとは、こんな時のことを指すのか。一層胸を締め付けたことは「また生きて会えるだろうか」であった。

 

<初めて見た巣の中の「幸福鳥」>

 北京正月3日午後、歩いて電話局に行く。ネツトを切断する手続きをするためだ。日本だと、契約を止めると、接続再開が面倒だと理由で、使用していなくても、光電話などで1か月6000円から7000円もかかる。わずかな年金生活者には堪えてしまう金額である。

 

 電話局入り口に塊樹が数本植えてある。高さ10数メートルか20メートルの枝に鳥の巣があるのを見つけた。とうよりも鳥の鳴き声に見上げたのだが、そこに筆者が「幸福鳥」と名付けた、北京を代表するであろう格好のいい中型の鳥が、巣のヘリを飛び歩きながら、何かをついばんでいた。

 

 中国111回目の北京で捉えた、初めての経験である。鳥の巣は以前から気になってはいたが、どんな鳥の巣なのか、見当もつかなかったが、スズメと幸福鳥しかいない北京だと、決まりきっているのだが、たとえそうであっても未知の世界でのことだ。こうして直接見聞することで、確信に変わった。

 

 鳴き声は、人間の耳を楽しませてくれるような美しくはない。飛ぶと羽の半分が白くていい。カラスの比ではない。たしか湖水や森のある、北京大学の構内にもたくさんいたように思う。

 天敵がいないだろうから、雀のように増えても不思議はないが、いつも一定の数で飛んでいる。賢い動物は、人間に限らず、繁殖をコントロールするのかもしれない。

 

<静かな街にマスク姿のドライバーと市民と犬のフン>

 公道に出ると、バスは快調に走っているが、肝心の乗客は数人、もしくはゼロである。市当局は「できるだけバスに乗らないように」と指導しているという。「人込みは避けよ」とも。

 かくして街中の店は開店休業の状態だ。大通りをバスと寝正月組の乗用車、それに運搬屋の電動スクーターが、渋滞ゼロに満足そうに走っている。

 ドライバーは皆マスクをつけている。マスク嫌いの中国人も、新型の感染力の強い肺炎には警戒怠りなしだ。

 

<閉鎖された日航・全日空のカウンターに青くなる>

 1月28日(旧暦正月4日)の午前9時ごろの北京首都国際空港のタクシーから下車する場所は、いつもと変わっていた。ガラガラである。この調子だと、飛行機もガラガラのはずだ。

 まっすぐに日航カウンターに駆け寄った。空いている?近づいてみると、人影がいない。一人もいない。

 少し離れたところの全日空カウンターも同じだ。ということは、日本からの飛行機は飛んでいない?そう思うと、頭がぐらぐらしてきた。

 

 その近くに二列ほど長い行列が見えた。どうやら、そこが日本行きの乗客だと分かって、その後ろに着いた。しばらくして、そこが チックインカウンターであることも。もし、日本人一人旅だと、間違いなく迷子になるところである。

 

 出国手続きが大変だ。外国人が普段よりも多いらしい。時間がかかる。予定の時間に送れる心配が出てきた。

 

 この日の出で立ちは一風変わっていた。感染防止のため完ぺきを期したのだが、例えばマンションのごみ箱にごみを捨てて部屋に戻ると、その時点で妻はマスクを捨てて新しくした。

 空港に行くのに、手袋の下にビニールの手袋をした。空港のトイレで、生まれて初めて、ビニール手袋のままで小便した。首の周りにもビニールをかぶせて、大気を遮断した。

 

 しかし、出国の最後の身体検査の場面で、マスクは外された。これではマスクをつけた意味がない。妻はビニールと毛糸の二枚の手袋も外されて、大声を上げる始末だ。要するに、身体検査の場では、誰も感染する機会を手にしたことになる。

 

 妻の知り合いは、我慢して機内でもマスクを外すな、つまりは機内食は食べるな、という注意までした。機内でスチュワーデスは、ビニールの手袋をはめていた。

 人間はパニックには勝てない。もっとも、中国人の多くは手袋をしていなかった。首回りや両腕をはだけている女性も。

 

 28日は帰国する中国人ばかりで、日本旅行をする人はほとんどいないと判断して、チケットを購入したのだが、ボーイング767の座席はほぼ埋まっていた。改めて、中国人の金持ち観光エネルギーに圧倒された。

2020年1月28日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

 

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